ところが、当時の私は素直じゃなかったんですね。自分の体のことは自分がいちばんよくわかっていると言い張って、医師が提案した治療を拒み、家族や会社のスタッフなど、みんなに心配をかけてしまいました。そんなとき、ある友人から言われたのです。

「西さんのいちばんの敵は自我だよ。病気になったら、お医者さまの言うことを素直に聞いたほうがいい」って。そのひと言が心に突き刺さり、「まな板の上の鯉になろう」と反省。それまで背負っていた重い鎧を脱ぎ捨てて、医師が提案した治療に専念したおかげで元気に退院することができました。

 この経験を通じて、なにごとに対しても「こうすべき」「こうあるべき」と頑なにこだわっていた自分が徐々に変わっていきました。不要な自我を手放し、自分自身を解放したことで、それまでとは比べ物にならないほど生きることがラクになり、心も軽やかになっていったのです。

「私、最近いい人になった気がするのよ」

 70代になった今、時折、友人につぶやきます。そうすると、

「そう? 昔からいい人だったわよ」

 と、笑ってくれる。今の私になれたのは、暗いトンネルの中で悶々と悩んでいた60代があったから。そんな日々を経たことで、年齢を重ねることは「老化ではなく成長」だと、前向きに受け入れられるようになったのです。

選んだほうの道で
ベストを尽くそう

 自分が病気になっただけでなく、60代の10年間にはそれまでの生活を根底からくつがえすようないくつかの出来事がありました。

 まず、60歳になったときに家族解散宣言をしました。それまでの約30年間は、夫と3人の息子たちに囲まれて、まるで運動部の合宿所で寝泊まりしているような日々でした。

「男の子3人を育てるのは大変でしょう?」

 みなさんにそう言われましたけど、わが家の場合、夫が“一家の主夫”を務めてくれていたので、子育てに苦労を感じたこともあまりなく、かわいい息子たちに囲まれた生活をずっと続けたいと思っていたくらいです。でも、かわいいからこそ、いつまでも親のそばに置いておくのはいけません。