チケット販売員の給料、夜警やガードマンの給料、トラックで運び込まれる1週間分の魚を荷下ろしする、村の若者たちへのアルバイト料……。

 5月から9月までの釣りシーズンが終わったら、年に一度の「釣り祭」を催すことにした。ブレークモアはそのスポンサー役もつとめなければならない。参加者にさまざまな賞を出すことにしたが、賞品を買い集めたり代金を支払うのも、もちろんトム・ブレークモアだ。

 どんな賞品がいいだろうかと、あれこれ考えてリストアップし、村人たちに見せたら、それでは少なすぎる、全員に何かを出してやらなければかわいそうだという。リストはどんどん長くなった。「女性最年長大賞」や、「目隠し大賞」といった、妙ちくりんな賞まで考えだされた。全員に賞品がゆきわたるまで。

 さらにブレークモアは、トイレを設置し、新しいチケット売場を建設した。資金が円滑に運用されているかどうか確かめるために、正式な会計士を雇い、帳簿をチェックさせ、報告書のコピーを各村に送らせもした。

 やがて彼は、この事業のために自分がいくら金を使ったか、いちいち数えるのをやめた。実現しさえすれば、それでいい。

 数年かかったが、養沢川計画は成功した。1960年代の終わりには、ブレークモアは地元の名士となり、「青少年の非行防止に貢献した」として、内閣総理大臣から特別賞まで贈られている。

 いざふたを開けてみたら、彼の釣り場にはGIたちがどっと押し寄せたが、意外なことに、立川や府中近辺の犯罪やトラブルが、驚くほど減少したのだ。性病の発生率もぐんと減ったという。授賞式でそう知らされた。

書影『東京アンダーワールド』『東京アンダーワールド』(KADOKAWA)
ロバート・ホワイティング 著、松井みどり 訳

 式に列席した立川空軍基地の軍曹は、こんなジョークで彼をねぎらった。

「ミスター・ブレークモア、君のおかげでうちのGIたちも、性病を釣らずに魚を釣る場所ができたよ」

 ブレークモアに言わせれば、今回の教訓は明らかだ。

「困難を乗り越えたかったら、こちらから何かを提供することです」

 新しいクライアントに自分の体験を話し終えたところで、彼はいつもそうつけ加える。

「日本で商売をするのがどれだけ大変か、これでおわかりでしょう」

 ハーヴァードのビジネススクールでも教えてくれない、貴重な教訓だ。