北京冬季五輪のフリースタイルスキーやビッグエアの会場となったのは、大手鉄鋼会社「首都鉄鋼」の閉鎖された巨大製鉄所の跡地だ。1910年代に設立され、北京の経済発展を支えたが、重工業からデジタル経済への変貌を象徴するように、現在は再開発で巨大なショッピングモールがつくられ、その1階はNEV(New Energy Vehicle:新エネルギー車)の展示場になっている。

 そこには最大手のBYD(比亜迪汽車)などだけでなく、通信機器メーカーHuawei(華為)の店舗もあって驚いた。

中国・北京で見聞きした、中国のEV化が想像以上のスビートで進み、日本を含む外資系を駆逐している現実首都遺跡公園のショッピングモール1階にあるEV展示場 Photo:@Alt Invest Com
中国・北京で見聞きした、中国のEV化が想像以上のスビートで進み、日本を含む外資系を駆逐している現実EV最大手BYDの店舗  Photo:@Alt Invest Com

 この首都遺跡公園では、自動運転のEV(電気自動車)を無料で体験することができる。それも、道路に停車している車に貼られたQRコードを読み取って開錠し、後部座席に乗り込むだけだ。

中国・北京で見聞きした、中国のEV化が想像以上のスビートで進み、日本を含む外資系を駆逐している現実EVの自動運転車。誰でも無料で試乗できる Photo:@Alt Invest Com

 ここであらかじめいっておくと、「ガソリン車は早晩、すべてEVに置き換えられる」とか、「中国のEVメーカーが世界を席巻する」という話をすると、「EU(欧州連合)はすでにEV義務化を見直している」とか、「中国でEV墓場ができていることを知らないのか」という反論がたちまち出てくる。

 だが私は、こうした議論にはあまり意味がないと思う。中国のEV化はとてつもない勢いで進んでおり、それが成功するにせよ、失敗するにせよ、5年もすれば決着がつくからだ。

 そこでここでは、私が北京で聞いた話と、その後の新聞報道、およびみずほ銀行法人推進部主任研究員・湯進氏による『2030 中国自動車強国への戦略 世界を席巻するメガEVメーカーの誕生』(日本経済新聞出版社)、長岡技術科学大学大学院教授・李志東氏による『中国の自動車強国戦略』(エネルギーフォーラム)に基づいて、これからなにが起きるかを考えてみたい。

「中国系自動車メーカーが外資系を駆逐している」

 日本に帰国してから1カ月後、ホンダが中国で希望退職の募集を始めたことが報じられた(「ホンダ、中国で希望退職募集」日本経済新聞2024年5月15日)。記事によると、中国での販売低迷を受けて、ホンダと中国国有大手・広州汽車集団との合併会社「広汽ホンダ」が5月から希望退職の募集を始め、すでに従業員の14%にあたる約1700人が応募したという。

「中国では電気自動車(EV)を中心に価格競争が激化している。日本勢は苦戦しており、立て直しに向けてリストラに踏み込む動きまで広がってきた」と記事は指摘する。4月の新車販売はホンダが前年同月比22.2%減、トヨタが27.3%減、日産が10.4%減と、大手3社がすべて前年同月を大きく下回ったのだ。

 ホンダの場合、24年度の販売計画は前年度実績比13%減の106万台で、過去最高だった20年度から4割も減っている。これでは工場の稼働日を減らすだけでは対処できず、大規模なリストラに手をつけざるを得なくなったのだろう。

 この報道に驚きがなかったのは、北京の日本人社会では、日本の自動車メーカーはEVの開発競争から脱落し、いずれ中国市場からの撤退を余儀なくされると囁かれていたからだ(三菱自動車はすでに23年に中国の自動車生産から撤退を決めた)。

 中国は年間の新車販売3000万台という巨大市場(日本の新車販売は約500万台)だが、日系ブランドのシェアは、20年の23.1%から24年1~4月期の12.2%へと、わずか4年で半減してしまった。だがこれは日本車だけではなく、2020年には外資系と中国系の販売比率が6対4だったのが、24年には4対6へと逆転している。中国で起きているのは、「中国系自動車メーカーが外資系を駆逐している」という事態で、その煽りをもっとも大きく受けているのが日本の自動車メーカーなのだ。

 北京では、4月の新車販売ではじめてEVがガソリン車を上回って5割を超えたことが話題になっていた。中国政府が2017年4月に発表した、「2025年に世界自動車強国入り」するとの目標を掲げた「自動車産業中長期発展計画」では、2030年に新車販売全体の約5割にあたる1700万台をEVにするとしたが、単月とはいえ、この“強気の目標”を6年も前に達成してしまった。

 北京でもうひとつの話題は、スマートフォンメーカーの小米(シャオミ)が初のEV「SU7」を発売し、発売からわずか27分で予約注文が5万台を超えたことだった。

 SU7の高性能モデル「MAX」の航続距離は800キロメートル、最高速度は時速265キロメートル、停止から時速100キロメートルまでのタイムは2.87秒で、いずれも競合のポルシェの「タイカン」やテスラの「モデルS」を超える。しかも価格は破格の安さで、SU7MAXは29万9900元(約630万円)と、テスラの69万8900元(約1465万円)の半額以下、ポルシェの151万8000元(約3180万円)の5分の1だ(「小米がEV、テスラの半値」日本経済新聞2024年4月1日)。

 小米の雷軍CEO(最高経営責任者)は、2013年に高級スマートカー事業の提案と融資の申し込みを受けたとき、「これは昨今よくあるIT企業による融資詐欺ではないか」と疑ったという。その当時、中国の新車販売台数2198万台に対して、EVはわずか1万4000台に過ぎなかったからだ。

 だがそれから10年で、このスマホメーカーはテスラに匹敵する(あるいは超える)EVを開発したのだ。

中国・北京で見聞きした、中国のEV化が想像以上のスビートで進み、日本を含む外資系を駆逐している現実巨大鉄工所の跡地を利用した五輪競技場。旧製鉄所の冷却塔の隣にビッグエアのジャンプ台 Photo:@Alt Invest Com