「お尻呼吸」が実用化される!?人間が対象の第I相試験で安全性を確認Photo:PIXTA

 昨年のイグ・ノーベル賞「生理学賞」を受賞した「お尻を使った呼吸」(代表:東京科学大学/大阪大学・武部貴則教授)を覚えているだろうか?

 ドジョウの「腸呼吸」にヒントを得て、もしかして「肺呼吸」が常識の哺乳類も「腸呼吸」ができるのでは?と研究を進め、みごと動物実験で「腸呼吸」を実証してみせた。

 腸呼吸=腸換気法(通称EVA法)を低酸素状態にしたブタで試した研究では、酸素を溶かした薬剤(パーフルオロデカリン:PFD/薬事承認済み)をお尻から投与すると、腸管を通る静脈血を介して酸素と二酸化炭素の交換が生じ、低酸素状態の改善と二酸化炭素の減少をもたらした。

 EVA法が注目されるのは、肺が未熟で呼吸が十分にできない新生児や、重度呼吸不全で人工呼吸器や体外式膜型人工肺に頼るしかない急性期患者の福音となる可能性があるからだ。

 人工呼吸器の装着には肺炎や肺の損傷リスクのほか、長期的には重要な臓器での出血、血栓症リスクを伴う。少しでも肺を休められる補助手段があれば、時に致死的になりかねない合併症の軽減に役立つ。

 この10月に報告された世界初のヒト対象臨床試験(第I相)では、健康な20~45歳の成人男性27人の直腸(つまりお尻)から非酸素化PFDを投与。様子を確認しながら投与量を25mLから最大1500mLまで段階的に増やし、安全性と忍容性を評価している。

 その結果、PFDを投与しても重大な有害事象や毒性は認められず、ヒトでもEVA法が安全に実施できることが示唆された。さすがに最大用量の1500mLでは腹部の不快感や軽い痛みがあったが、排泄で軽快している。

 また、非酸素化PFDにもかかわらず、500mL、1000mLを投与した高用量群では、酸素飽和度がおよそ1%上昇する変化が観察された。研究者は「大気中の酸素がPFDに溶け出して、腸呼吸で酸素を供給した可能性」を指摘している。つまり、EVA法の原理を後押しする結果だったのだ。

 次のステップは重度呼吸不全患者に酸素化PFDを投与し、その有効性を検証することだ。イグ・ノーベル賞から生まれた治療アプローチが臨床現場で輝く日が待ち遠しい。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)