脳写真はイメージです Photo:PIXTA

誰しも「頭がよく」なりたいと思っているが、そもそも「頭がいい」とはどういうことなのか。生物のなかには脳がなくても知能を持つものもおり、その謎は深まるばかりだ。脳科学の専門家が、脳の存在意義を考える。※本稿は、毛内拡『「頭がいい」とはどういうことか――脳科学から考える』(ちくま新書、筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。

迷路の最短経路がわかるアメーバ
「単細胞」でも頭がいい?

「単細胞!」こう言われたら、間違いなく多くの人が「頭が悪い」とけなされたと思いますよね。でも、本当に単細胞イコール「頭が悪い」ということなのでしょうか。つまり、多くの人は、「細胞は多い方が頭がいい」「脳が頭の良さを決める絶対に必要な臓器だ」と信じていると思います。

 1000億。ヒトの脳には、これだけの脳細胞があると計上されており、これらの細胞が織りなす複雑怪奇な情報処理こそが頭の良さだと一般的には思われています。したがって、この記事をクリックしてくださったみなさんは、そんな脳がどうやって知能や知性を発揮しているのかが書いてあるのだろうなと興味と期待を抱かれていると思います。

 私も、いつかそんな文章を書きたいと思ってアイディアを温めていました。そう、あの日までは。

 大学に勤めていると実にいろいろな人が私のオフィスを訪ねてきますが、ある日、一人の学生が相談があるとやってきました。聞くとその学生は高校生の頃から「粘菌」という生き物の魅力に取り憑かれており、ぜひうちの研究室で粘菌の実験を引き続きさせてほしいと言うのです。

 とまどいましたが、私は基本的には、お願いされると断れないタイプだし、自分も高校生の頃からの興味で脳科学者になったので、二言目には「いいよ」と言っていました。しかし「確か、粘菌には脳はないはずだよなあ」と、生物学の知識を思い出していました。そして彼女の話を聞いた瞬間、粘菌についてのある事実が明らかになり、人生観が変わるような衝撃を受けたのでした。

 学生がいつもカバンに入れて持ち歩いているという粘菌、正式には真正粘菌のキイロモジホコリは、見ると文字通り黄色っぽいカビのようなかたまりで、いわゆるアメーバというやつです。ところがこのアメーバ、ただものではありません。なんと迷路の最短経路問題を解けると言うのです。

 迷路ぐらいうちで飼っているマウスでも解けるよと思いましたが、さらに聞いてみると粘菌は、なんと単細胞、つまりたった一つの細胞だと言うのです。