私が取り組んでいる課題は、シンプルに一言で表現するなら「脳が生きているとはどういうことか」ということに尽きます。これは生物学的な問いでもあり、哲学的な問いでもあります。どうして私は、あなたの脳が生きていると言えるのか、どうして私は私の脳が生きていると言えるのか。

 脳の研究に携わってみて、脳が細胞からできていて化学物質で動作する臓器の一つであることはわかりましたが、細胞や化学物質がどのようにして、脳の働きを生むのかについての明確な答えはまだわかっていません。

 脳についてはわかっていないことの方が多いのです。脳細胞をただ漫然と集めても脳にはならない、脳が神経回路からできているのはわかるけど、どんなルールがあって脳になるのか、脳が生きているとはどういうことか、自分なりに仮説を立てることはできました。

 脳は、単なる細胞の集合体ではありません。情報を伝える神経細胞のネットワークを持ち、それを支える時々刻々と変化する環境との相互作用こそが、脳が生きていることではないかということです。

 ですが、それが脳が「知性」を持っている理由にはなりません。「知能」とは答えのあることに素早く答えを出す能力のことであり、「知性」とは答えがないことに答えを出そうとする営みそのものであると私は考えています。

 AIのようなシンプルなルールで「知能」は生まれてくるかもしれないですが、「知性」とは一体なんなのか、どこからくるのかまだ明確な答えはありません。