人間が見ているのは脳が作る幻想?
脳は思っているほど合理的ではない

 たった一つの細胞が、学習もすれば記憶もある。東京駅に相当する部分に粘菌を置き、関東の主要駅にエサを置いたところ粘菌が通った経路はJRの路線図とぴったり重なった。そんな驚きの事実を次々と発見し、粘菌の研究でイグ・ノーベル賞を2回も受賞した北海道大学の中垣俊之さんは、「粘菌は知性の芽生えである」とさえ言っています。

「単細胞」「脳無し」

 この言葉は、もはや悪口ではなくなりました。脳がなくても、学習し記憶もできるのです。1000億の細胞があるという脳の研究に人生を捧げてきた私は、膝から崩れ落ちたのでした。

「脳は何のためにあるのか?」

 これまで私は、脳を理解すればその謎が解けると思って、脳の研究をしてきましたが、先ほどの粘菌の例にあるように、知能があるような振る舞いは、別に脳がなくてもできるということが少しずつわかってきました。

 例えば、アリの群れやイワシなどの魚群において、一匹一匹は非常にシンプルなルールで動いていても、相互にコミュニケーションするネットワーク全体としてあたかも知能があるかのような複雑な振る舞いをすることがあります。これは、「創発」と呼ばれる現象で、もしかすると脳細胞がおりなす複雑な挙動も、この創発的な現象にすぎないのかもしれません。

 今世間を賑わしているAIが、ヒトよりも賢くなるシンギュラリティ、創発現象が起こるまで秒読みに入っているとも言われています。インターネットや都市、宇宙に煌めく星々すらも知能を持っている可能性があるようです。

 そう考えると、脳とは単に脳細胞の相互作用を円滑にしネットワークの形成を育てる、ゆりかごや容れ物に過ぎないのかもしれません。

 そういう疑いの目を持って改めて脳科学の本を読んでみると、脳は必ずしも現実を見ていない、私たちが見ているのは脳が作り出した幻想に過ぎない、意識ある脳は思ったほど合理的ではない、など衝撃の事実の数々に気付かされます。