75歳を過ぎたら認知症よりも
「老人性うつ病」の方が危険

 メンタルヘルスの重要性について、もう少しお話しします。

 日本に限らず、世界中の統計で年をとるほど自殺率が上がっていることが知られています。仕事を失うこと、親や配偶者との死別、自分がなんらかの障害(脳梗塞の後遺症など)を抱えることが増えるなど、高齢者には次々とストレスフルな状況が押し寄せますが、さらにいうと、年をとるほど神経伝達物質が減るのでうつ病になりやすいのです。

 世界各地の住民調査によると、うつ病は成人人口の5%程度の有病率ですが、65歳以上になるとそれが10%に上がります。

 前述したように、高齢者は心と体の結びつきが強くなるため、心が弱ると体が弱るように、体が弱ると心も弱ってしまいます。

 私が以前勤務していた高齢者専門の総合病院、浴風会病院で経験したことですが、高齢者の一般科(精神科以外)の入院患者の2割程度がうつ病に陥っていました。当時の浴風会病院は300床の入院病棟に対して、精神科の常勤医が4人もいましたので、ちょっと心の具合が悪くなると精神科医が併診(内科や整形外科の主治医のほかに診療)していました。高齢者をきちんと診る体制があれば、入院患者の2割程度にうつ病が見つかるのです。

 アメリカのいくつかの研究でも、高齢者が入院すると2割程度の患者がうつ病になるとされています。

 ということで、うつ病というのは高齢者にとっては身近な病気なのですが、その怖さは意外に知られていません。うつ病が自殺につながることもあります。自殺は65~69歳では死因順位の7位です(2022年)。年をとるほどほかの病気で死ぬことが増えるので、70歳以上では死因順位のベスト10からはずれますが、自殺の死亡率はほかの年代より実は高いのです。

 自殺に至らなくても、意欲などがなくなってしまい、足腰が弱り、容姿もすっかり老け込むことが珍しくありません。さらに記憶力も落ちるので、すっかりボケたようになってしまうのです。

 うつ病になると悲観的になり、自分が人に迷惑をかけているという罪悪感に苦しむことが多いものです。また体がだるく、食べるものも味がしないという症状も続きます。高齢者を長年診てきた私が、実は今後、最もなりたくないと恐れている病気がうつ病なのです。