高齢者には「引き算医療」
ではなく「足し算医療」を

 うつになったら薬など効かないと思われがちですが、高齢者では薬が効果を発揮することが一般的です。

 診察をしていると、脳梗塞の後遺症で片麻痺があり、手も震え、配偶者を亡くし、「私はもう生きすぎました」などと嘆く高齢者を前に言葉を失うことがありますが、うつ病と診断し、薬を処方すると「年をとるというのは、こんなものなのでしょうね」と笑顔も戻り、食欲も復活して驚くことがあります。

 新潟県の旧松之山町(現十日町市)では、新潟大学医学部精神科が中心になって自殺予防活動を行ってきました。うつ病の程度についてスクリーニング検査をしたあと、診療所の医師や保健師からも情報を得て、うつ病の可能性のある人に面接を行い、診断を下します。うつ病と診断された高齢者の治療方針、処遇は精神科医が決定し、保健福祉的ケアを保健師が担当しました。

 すると以前は10万人当たり434.6人であったこの町の高齢者の自殺率が、10年間の活動後には123.1人と激減したのです。つまり、うつ病と診断されても、きちんと治療を受ければ自殺が7割以上も減るのです。

 実は、このうつ病という病気は若い人ほど心理的問題がからむとされ、薬が効きにくいといわれています。日本うつ病学会でも25歳までは薬よりカウンセリングによる治療を推奨しています。しかし、高齢になると脳内の神経伝達物質であるセロトニンが減少していくためか、薬が効きやすいのです。

 最近の研究では、うつ病を放置し、脳内のセロトニン不足が続くと、神経細胞に変性が起こりやすくなり、認知症にもなりやすくなるとされています。

 私は高齢になるほど検査の異常値を叩いてその値を落とす「引き算医療」より、ホルモンやビタミンなど体に足りないものを足していく「足し算医療」をすすめるようにしているのですが、脳内のセロトニンを増やすことは最も重要な足し算医療のひとつだと考えています。