がん告知で「自殺率が3倍増」の調査も…それでも医師が患者に真実を告げる理由写真はイメージです Photo:PIXTA

がん告知を受けた患者はストレスから鬱状態に陥ることがあり、自殺する確率が倍から3倍になるというデータもある。本人にがん告知をするか否かは医師や患者の家族にとって非常に悩ましい問題だが、かといってショックを与えることを恐れて告知を避けるのは、本当に患者のためになる判断と言えるのか。※本稿は、村松 聡『つなわたりの倫理学 相対主義と普遍主義を超えて』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。

末期がんの告知は
自殺の可能性を倍増させうる

 常に真実を率直に述べれば、うるわしい世界が到来するとは誰も思っていないだろう。実際に真実の伝達に躊躇(ちゅうちょ)する深刻な現場がある。末期癌の告知である。

 2018年の時点で、日本での癌告知は以前とは比較できないほど浸透している。予後(治療後の回復の見込みを表わす)がいい場合、その告知率は高い。例えば、乳癌の初期ステージではほとんどの場合、告知がなされる。一方、予後が悪い状態、ステージ4のような末期癌では、その告知率はずっと低くなる。

 成人の癌告知の実態について、ある外科医の2016年の報告によれば、病名告知は90%、再発については50%、予後については30%から80%と大きく開きがある。余命についてはずっと低く、10%から20%くらいしか告げていない。癌告知によって、告知された患者の自殺率が倍から3倍になるとの調査もある。

 1990年代に、柏のがんセンター東病院に入院していた癌患者が屋上から飛び降り自殺した。患者は自分が癌であると告知されていなかったらしい。がんセンターだから、当然、周りは癌の患者さんばかりで、隠しおおせるものではない。本人が知るところとなって、絶望のあまり自殺してしまった。

 それよりさらに遡るが、ある仏教の僧が癌にかかった。当時、告知はまれだったが、高僧である、さすがに生死についても達観しているだろうと思って、医師は告知した。ところが、動揺し取り乱して大変だったそうである。言わなければよかったと医師は悔やんだらしい。

真実を告げるべきだとしても
余命告知を躊躇するのは当然

 癌などの疾病で亡くなった患者の死亡診断書の多くには、胃潰瘍と書かれている。

 胃潰瘍はもちろん死因ではないし、そもそもこうした患者さんにあっては、胃潰瘍などもはや問題にならないような状況のため注目されないが、胃潰瘍の存在は患者が大変なストレスを抱えていたことを示している。

 癌患者の多くが、ストレスから鬱状態に陥っているのもよく知られた事実だ。深刻な鬱状態では、本来ならば望まないような死を思い立つ。これもよく知られている。医療関係者によって行われる担当患者についての打ち合わせであるカンファレンスに、精神科や心療内科の専門医が立ち会うのも、患者の精神状態を診断するためである。