数十年前まで、がん患者本人に病名を告げることはあまりにも残酷で倫理的に許されないとされていた時代があった。
実際、1980年代の告知率は15%にすぎない(厚生労働省遺族調査)。しかし、告知を巡る裁判で2002年に「患者の知る権利」を尊重する最高裁判決が下されたこと、がん治療の進歩で長期生存が可能になったことを背景に、16年の告知率は94%(国立がん研究センター調べ)に達している。
一方、生命予後――狭義の余命となると告知の是非はまだ曖昧だ。ただし患者と家族にとって「予後」、すなわち今後の見通しは残された時間を有意義に過ごすために必要な情報でもある。そこで注目されているのが「機能予後」だ。
機能予後も耳慣れない言葉だが、平たくいうと「いつまで仕事や家事ができるか」「いつまで歩けるか」など心身機能の見通しを指す。
筑波大学の研究グループは、がん患者132人を対象に予後の情報を知りたいか否かのネット調査を実施。(1)生命予後、(2)運動予後(いつまで自由に動けるか)、(3)思考予後(同読書など複雑な思考ができるか)、(4)食事予後(同おいしく食事ができるか)、(5)会話予後(同ちゃんと会話できるか)の5項目について、知りたいと「とても思う」から「全く思わない」の6段階で回答してもらった。
その結果、(1)生命予後を知りたいと「とても思う」「そう思う」が26.6%にとどまったのに対し、(5)会話予後は同46.9%、(4)食事予後が同43.1%、(2)運動予後が同42.4%と、機能予後についてはおよそ半数が知りたいと考えていることが判明した。
また、身近な人をがんで亡くしている人ほど生命/機能予後を知りたいと願っていることもわかった。研究者は「過去の経験から、家族や身近な人に迷惑をかけたくないと思っているのだろう」と推測している。
病の終末期は心身の機能が一つひとつ失われていく過程だ。そして自立して動ける時間は期待するほど長くはないかもしれない。
悔いを残さず生き切るには、生命予後よりも、機能予後を頭に入れておく必要がある。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)