相手にちゃんと意識を向ける――1 on 1でやるべき「背景の共有」
村瀬 今回の富士通さんのプロジェクトでも再確認できたのですが、やはり周囲とうまくコミュニケーションが取れている人というのは、話すときに「相手にちゃんと意識を向ける」ことができているんですよね。
話の「中身」をただ理解するだけでなく、話をしている「人」にまで目を向けることができている。「この人はどういう価値観に基づいて語っているんだろう?」ということを考えながら、コミュニケーションが取れている人なんです。
篠田 「相手にちゃんと意識を向ける」――このひと言に尽きると思います。セクハラとかパワハラを回避するチェックリストみたいに、表面の行動だけをどうにかしてもダメなんでしょうね。
エール代表の櫻井将さんも『まず、ちゃんと聴く。』(JMAM)という著書の中で、話を聞くのがうまい人の仕草だけをなぞろうとしても気持ち悪いだけだからやめましょうと書いています。相手に対してまっとうな関心を持つということが、チームの心理的安全性をつくっていくときの基本的な態度なんだと思いますね。
村瀬 はい、やっぱり話を聞けるようになるためには、「相手に対する関心」がすごく重要です。べつにプライベートを知りたがらなくてもいいですけど、でも仕事以外の部分も含めて、広い意味で相手に興味を持つというか。
篠田 「あなたはどういうことを考えて生きている人なの?」という興味ですね。
村瀬 そうですね。ふつうに職場で作業をしているだけだと、あくまでも業務の延長線上で相手に関心を持つ程度になってしまう。とくに、コロナ以降はオンラインのミーティング機会も増えましたが、オンラインで話すときって、たとえ親しい相手であってもコミュニケーションの中心がタスクになりがちです。
ですが、人間のコミュニケーションというのは、本来はタスク上だけで完結しているわけではなくて、無数の背景を共有しながら成立しているわけです。だから、どれだけシンプルなタスクであっても、お互いがどういう考えを背景に持ちながらやっているかに目を向けたほうがいいと思いますね。
篠田 大企業の方々とお話しすると、やっぱり中途採用のメンバーが増えてきて、まさにその「無数の背景の共有」が難しくなったという声をよく耳にします。
新卒一括採用のメンバーが中心だった時代には、タスクの裏にあるものの考え方とか価値観が自然と共有されていたけれど、中途のメンバーが増えてきた結果、「これをやっておいて」と指示したときに相手にキョトンとされたり、想定外の動きをされたりということが起きるようになったと。マネジメント側もものすごく戸惑っているようです。
村瀬 ですから本来、いわゆる1on1というのも、ひたすらこの「背景の共有」のために活用するべきなんですよね。相手がどういう考えや価値観を持っているのかを知るための場です。べつに相手と価値観をすり合わせる必要はなくて、どういう背景があってそういう考えに至っているのかを理解するだけで全然いいと思うんですよ。
そこをはっきりさせないまま、1on1という仕組みだけが広がった結果、リーダーが「えーっと……最近なにか悩みある?」みたいなことを聞くだけの場になってしまっている。
篠田 いちばん困るパターンですね(笑)。部下のほうでも「いや、今のところはべつに…(たしかに悩みはあるけど、ここで言わなくてもいいか)」みたいになってしまう。
村瀬 そうなんですよね(笑)。仕事の悩みでも言いづらいんだから、足元のタスクに直結しない悩みとか不満なんて、パッと聞いてすぐ出てくるはずがないんです。でも、ふだんの1on1の中で「こういうことを考えています」「こういう価値観を持っています」「こういう夢があります」ということを互いに共有していれば、かなり言いづらいことでも言いやすくなる。
ですから、リーダーがやるべきなのは「心理的安全性に向けた種まき」なんですね。つまり、メンバーたちと「背景」を共有するための時間的投資ですね。ここに効率や経済性を求めるのは難しくて、とにかく「あなたは自分の大切な時間を、相手のためにどれだけ投資できますか?」ということに尽きると思います。
その点を理解しないまま、リーダーが「はい! 今日のミーティングでは心理的安全性を一気に高めていきたいと思いますので、みんな遠慮せずにガンガン意見を言ってくださいね~」みたいなことを言っていても、なかなか難しいでしょうね。