「聞く」は身体知――「じっくり聞いてもらった経験」はありますか?

篠田 明示的なルールではなく、暗黙的な文化をつくるということに関連して思い出したのが、「聞く」というのは、ある種の「身体知」だということです。

 経営層や管理職のようなリーダー層の方って、ご自身はなかなか「ほかの人に話を聞いてもらう機会」が少ないじゃないですか。そして、自分がちゃんと聞いてもらった経験がないからこそ、人の話もうまく聞けないのではないかという仮説を私は持っているんです。

 これって、お寿司を食べたことがない人に、レシピだけ渡しても江戸前寿司が握れないのと同じです。まず「聞いてもらう体験」を実際に味わい、それを身体知化できていないと、人の話を聞くのは難しいということですね。

村瀬 なるほど、すごくおもしろい視点ですね。

篠田 エールのサービスを導入してくださったあるベンチャー企業でのお話なんですが、その会社の幹部のみなさんに、数週間にわたって「社外の人からじっくり話を聞かれる体験」をしてもらったんです。

 その参加者の一人に、チームをガンガン引っ張っていくタイプの営業トップの方がいました。ベンチャー企業だということもあって、売上目標なんかもどんどん引き上げていって、現場が意気消沈しかけていても、「いけるいける! 今度も絶対に達成するぞ」みたいなノリで押し切っていくストロングスタイルのリーダーですね。

 エールのセッションを受けていただいた直後は、その方もいまひとつピンと来ていなさそうなご様子だったんですが、数カ月後の営業会議で彼がまたまた高い目標を掲げたときに、みんなから「え〜」という声が上がったんですね。いつもならどんな反応があっても意に介さないのに、そのときなぜか営業リーダーの口から「どこが不安なの?」っていう問いがポロッと出たらしいんです。

 会議の様子を横で見ていた社長があまりにびっくりして、「あれ? ◯◯さん、最近コミュニケーションスタイル変えました?」と聞いたんですが、ご本人は「え? なんのことですか?」と気づいていなかったそうです。最終的に目標を引き下げたわけではないにしろ、そのワンクッションが入ってちょっとしたやりとりが生まれたことで、明らかに現場メンバーの反応も変わっていたと。

村瀬 すごい。エールのセッションでの「じっくり聞いてもらう体験」がきっかけになって、部下の話を聞く態度がそのリーダーの中に生まれたということですね。

 これはすごく重要な観点だと思います。リーダーに限らず、だれでも自分自身でなにか行動を変えていくのってすごく難しいですよね。だからメンターなりコーチなりっていう第三者的な立場があると、成長は促進されやすい。アメリカであれだけたくさんリーダーシップコーチが必要とされているのにも、同じような背景があります。