人も職場も社会も変わる“ダイバーシティコミュニケーション”とは何か?

“多様性”“ダイバーシティ”という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)し、「人的資本経営」というキーワードも重要視されている現在(いま)、企業経営層や管理職、人事担当者は、「ダイバーシティ&インクルージョン」や従業員の「キャリア自律」にどう向き合えばよいのだろう。「個人が自分のキャリアを自分事としてとらえ、変化を恐れずに、自分を磨きつづける。組織は多様性と向き合い、一人ひとりの価値を最大限に引き出す経営を目指す」――株式会社キャリアンサンブル代表の垂水菊美さんはそう語る(*)。「ダイバーシティ」について、「キャリア」について、そして、垂水さんが提唱する「ダイバーシティコミュニケーション」について、話を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)

株式会社キャリアンサンブルのホームページ内「キャリアと組織の『調和』を叶える多様な人が強みを出し合える社会の実現へ」より

「ジェンダーバイアス」があった最初の職場で…

 垂水さんが代表を務める株式会社キャリアンサンブルは、「キャリアと組織の『調和』を叶える多様な人が強みを出し合える社会の実現へ」というメッセージを掲げ、組織と個人への支援を行(おこな)っている。同社の経営理念のミッションにも、「誰もがいきいきと自分らしく働く社会へ、組織と個人が共に成長できるよう支援します」とあり、「ダイバーシティ&インクルージョン」の視点を基盤にしていることが伺い知れる。垂水さん自身は、どのような経験から自分のキャリアを構築してきたのだろうか。

垂水 私は、大学への入学を機に鹿児島から上京しました。家からの仕送りはなく、奨学金を受け、アルバイトをしながら通学しました。就職活動の時期に男女雇用機会均等法が施行されたのですが、男子学生には求人がたくさんあるのに、女子学生にはまったくない。「これはおかしい!」と思ったのが、私が“ダイバーシティ”を意識した最初の瞬間だったかもしれません。結果、「女性も男性と同じように働ける会社」と思えたネスレ日本株式会社に入社しました。

 新卒(新規学卒者)として入社した垂水さんの配属先は営業部門だった。自らの希望ではなかったが、就職活動時に入社の内定を受けた他の会社もすべて営業職採用だったというから、企業側は、垂水さんの営業的資質を見抜いていたのだろう。そうして、次々と成果を出し、入社3年目・26歳という若さで所長に抜擢されて管理職になったが、自分の中にあった「アンコンシャスバイアス」に直面したという。

垂水 当時、女性の営業は珍しく、支店長会議に出ると、周りは全員が40代の男性で、女性は私一人。何か思うことがあっても「経験がないから言ってはいけない」「年上の男性に対しては3歩も4歩も下がるべき」という意識が自分の中にあって、何も言えませんでした。まさに、「ジェンダーバイアス」なのですが、当時はバイアスの自覚もなく、後になって、それが自分の「アンコンシャスバイアス」だったと気づきました。そして、プレーヤーとしては伸び伸びやっていたのに、マネージャーになった途端、先輩の男性たちに気を遣うあまり、パフォーマンスが低くなってしまったのです。これが私の最初の挫折であり、“ダイバーシティ”を考える入り口でした。

 悩みながらも管理職を続けたのち、垂水さんは株式会社ノエビアに転職し、新規顧客開拓営業の仕事で再スタートを切った。新しい職場は、垂水さんいわく「女性が男性よりもたくましく働く会社」。垂水さんも多数の飛び込み営業や代理店開拓に加え、マネジメントや人材育成もこなした。そんな手腕を見込まれて、5年後に人事教育部に異動。都内や近郊の大学を回る採用業務や管理職教育に携わるようになるが、ここで2度目の「アンコンシャスバイアス」が現れる。

垂水 36歳のときに1人目、39歳で2人目の子を出産しました。当時は長時間労働が当たり前で、夜の9時や10時まで働くことも普通の時代でしたから、私も「たとえ、子どもがいても、他の人たちと同じように働かなくてはいけない」と思っていました。朝7時半から夜9時まで、保育園を掛け持ちして子どもを預け、何人かのシッターさんとも契約して、必死に仕事と子育ての両立を行いました。それくらいしないと「後ろめたい」という感覚が、当時の自分にあったのです。幸い、夫が「女性が働くことは当たり前」という考えの持ち主で、育児と家事を分担できたので何とかこなせましたが、「自分は、母親としても、働く人としても中途半端だ」という思いを抱えながら走っていて、とても苦しかったです。これもいまから思えば、「アンコンシャスバイアス」でした。

人も職場も社会も変わる“ダイバーシティコミュニケーション”とは何か?

垂水菊美 KIKUMI TARUMI

株式会社キャリアンサンブル 代表取締役
一般社団法人あしたの働き方研究所 理事

大学卒業後、大手食品メーカー・化粧品メーカーに20年以上勤務。営業及びマネジメント職として新規開拓、人材育成に携わる。人事教育部門では採用、評価、全社・全国取引先への教育施策立案・運営・講師を担う。「生涯現役」を目指し、キャリアコンサルタントとして独立し、法人化する。毎年、学生から経営者まで幅広い層に対して400名程度のキャリアカウンセリング、100回程度の登壇を行っている。また、さまざまな専門家の方々を集めたセカンドキャリア層へのキャリア形成をプロジェクトで推進。プライベートでは一男一女の母。