カスハラ対応にも欠かせない、“アンガーマネジメント”の知識と実践

価値観やコミュニケーションの手段が多様化するなかで、「怒り」の感情をコントロールしながら良好な人間関係を築いていくにはどうしたらよいのだろうか――日本アンガーマネジメント協会・代表理事の安藤俊介さんからそんな問いの答えを得てから2年あまり(*1)。その間、新型コロナウイルスが5類感染症に移行し、多くの企業がリモートワークを出社勤務に戻すといった対応に追われている。また、昨今は、カスハラ(カスタマーハラスメント)対策やオンラインコミュニケーション世代の入社・育成に忙しい企業も多いようだ。そんないまだからこそ必要な「アンガーマネジメント」は、どのようなものか。安藤さんにお話を再び伺った。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)

*1 HRオンライン「“アンガーマネジメント”が、いま、企業の人事部に注目されているのはなぜか?」参照

コロナが落ち着いても、「怒り」が先鋭化する社会

 コロナ禍で、外出する人やマスクをしない人を義憤から責め立てる「自粛警察」や「マスク警察」という言葉が生まれたことは記憶に新しいが、新型コロナウイルスの流行が落ち着きを見せたいま、人々の、社会や対人への「怒り」は変化しているのか。

安藤 社会における人々の「怒り」の感情は、むしろ、加速している面もありますね。典型的なのは、昨年(2023年)11月にニュースを賑わせた「私人逮捕系ユーチューバー」でしょう。これは、「自粛警察」や「マスク警察」の背景にあった極端な正義感から生じる他者への怒りが先鋭化した例だと思います。このようなコンテンツがYouTube動画で成立するのは、見たいと思う人たちが大勢いるから。これまでは個人的なものだった「怒り」の感情がコンテンツとなり、エンターテインメントとして消費される世の中になっている、ということです。

 先鋭化した理由としては、約3年間のコロナ禍を通してエコーチェンバー現象が際立ち、「自分たちこそが正義だ!」「正義を貫くためには悪を追及するべきだ!」という思いを熟成させた人たちが少なくないということが挙げられます。相手を論破したり、二元論で勝敗を決める考え方が行き着くところまでいった結果、一線を越えてしまったともいえるでしょう。そうした意味では、現在は、決して治安の良い時代ではないと思いますし、このような状況がどこまで進んでいくのか――注意を払うことが必要だと思います。

 企業にとっては、理不尽な怒りをぶつけてくる顧客のカスハラ(カスタマーハラスメント)も大きな懸念事項だ。「カスハラ」という言葉が生まれたのは、ここ数年だが、安藤さんはどう捉えているのだろう。

安藤 カスハラも先鋭化していて、「自分は客だから、何を言ってもいい」と思っている人が増えています。長時間の電話などで従業員を拘束したり、脅しや説教によって威圧的な態度をとったり、店舗に居座ったり、というケースも見られます。

 ただ、カスハラはコロナ禍によって激増したというよりも、以前からあった過激なクレームに「カスハラ」という名前が付き、社会の視点が変わり、多くの人が知見を持つようになって注目されるようになった、と考えられます。「パワハラ」という言葉が生まれたのは2001年。社会に根付くまでに20年ほどかかっています。カスハラという言葉と意味が本格的に知れわたるにはまだ時間がかかるかもしれません。

 カスハラ対応を押しつけられた従業員が企業を訴えたりするケースもあり、従業員をカスハラから守らない企業は労働契約法5条に定められた「安全配慮義務」に反することになる。企業はカスハラにいっそうの対策を迫られることになるだろう。

安藤 「怒り」がベースとなるカスハラとアンガーマネジメントはつながっています。ですから、企業のリスク管理の一環として、従業員にアンガーマネジメントの研修などを受けさせることは大切であり、実際、そうした企業が増えていますね。アンガーマネジメントの心得なしでカスハラに立ち向かえば、大半の人が精神的にダメージを負います。「怒っている人とどのように向き合うか」という知識は欠かせません。特に、店頭に立ったり、苦情の電話を受けたりする従業員は怒りを直接的に受けてしまうので、アンガーマネジメントのトレーニングをすることによって、「怒り」という感情に対する理解を深めたり、「怒り」への耐性を上げたりすることが必要です。怒りをぶつけられれば、誰もが不快な気持ちになりますが、そこで自分の心が潰れないようにトレーニングを積むことは可能なのです。

カスハラ対応にも欠かせない、“アンガーマネジメント”の知識と実践

安藤俊介 Shunsuke ANDO

一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会 代表理事
アンガーマネジメントコンサルタント
新潟産業大学客員教授

怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の日本の第一人者。アンガーマネジメントの理論、技術をアメリカから導入し、教育現場から企業まで幅広く講演、企業研修、セミナー、コーチングなどを行っている。ナショナルアンガーマネジメント協会では15名しか選ばれていない最高ランクのトレーニングプロフェッショナルにアジア人としてただ一人選ばれている。主な著書に『アンガーマネジメント入門』(朝日新聞出版)、『アンガーマネジメントを始めよう』(だいわ文庫)等がある。著作はアメリカ、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナムでも翻訳され累計78万部を超える。「ダイヤモンド・オンライン」でも執筆。