美食=高級とは限らない。料理の背後にある歴史や文化、シェフのクリエイティビティを理解することで、食事はより美味しくなる! コスパや評判にとらわれることなく、料理といかに向き合うべきか? 本能的な「うまい」だけでいいのか? 人生をより豊かにする知的体験=美食と再定義する前代未聞の書籍『美食の教養』が刊行される。イェール大を経て、世界127カ国・地域を食べ歩く美食家の著者の思考と哲学が、食べ手、作り手の価値観を一新させる1冊だ。本稿では、同書の一部を特別に掲載する。
忙しい人こそ、食事にこだわる
美食を趣味としている人の大半は、それぞれの分野で活躍している方です。経営者を含むビジネスリーダー、弁護士、医師、そしてアーティストなどクリエイティブな職業の方も多いです。
これはなぜか。まず、クリエイターが他のクリエイティブのジャンルである食に関心を持つのは自然かと思います。また、自腹で食べ歩く費用を賄っているため、ある程度収入があるのが前提になるから、というのもあるかと思います。
僕は、さらにもうひとつ大きな理由があると思っています。それは、趣味を作る時間がないくらい本業が忙しい、というもの。特に、経営者や士業の方は多忙を極めている場合がほとんどですが、どれだけ忙しくても、人間は必ず食べるので、自然とそれが趣味になりがちなのです。
食事会で何人か集まると、社会的には僕が一番付加価値が低い、という状況もしばしばあります。では、なぜ僕がそういう方々と同じ場にいることができるのか。それは、食という共通の興味でつながっているからです。
もちろん、ゴルフなど他の趣味でも似たことがいえるでしょう。ただ、食の場合、生きていくために関わらざるを得ないという意味において、最も間口が広く、世界中のどんな人とでもつながれる可能性を秘めていると思います。僕は社交が苦手なので食事会で同席した方と仲良くなることは少ないですが、それでも何十年も食べ歩いていれば食がきっかけで仲良くなった友人はたくさんいますし、仕事につながることもありました。
食の教養は、世界共通のビジネスツール
一方、海外に目を向けると、過去10年、発展途上国が経済成長を遂げた結果、豊かになった人が食に興味を持つ現象が世界中で見られます。特に、東アジアや東南アジアでその傾向が顕著だという印象を持っています。それらの国々の富裕層の中には、日本の名店を毎月予約していて、そのたびにプライベートジェットで来日する人までいます。
標準的な日本人よりも遥かに日本料理や鮨に詳しい外国人も、いまや珍しくありません。アジアのビジネスエリートの間では、いくら稼いでいる、どんな贅沢品を持っている、よりも、日本の名店の予約を持っていることのほうが尊敬される、という状況さえ生まれていると聞きます。
僕は音楽業界にも仕事で関わっているのですが、トップアーティストにもグルメな人は少なくありません。あるアメリカの世界的アーティストがライブで来日した際は、本人の指定で銀座「すきやばし次郎」に食べに行っていました。
また、以前あるダンスミュージックのフェスのバックステージで、アーティスト向けケータリングをプロデュースしたときのことです。鮨と肉の名店にブースを出してもらったんですが、楽屋に運ばせることもできるのにわざわざDJ本人が食べに来てくれ、魚や肉について興味津々な様子でした。中には、僕の連絡先を聞いてきたDJもいます。こういう人たちと仲良くなれるのも、ひとえに食がつなぐ縁です。
世間からフーディーだと思われている人の中には、打算的に食べている人も多い。そういう人からしたら、あくまで食自体を起点にして、1人で長期間海外に食べに行くような非効率なことばかりしている僕は、理解できないでしょう。ただ結果的に、食がきっかけとなった出会いが僕の人生を豊かにしてくれていることは、間違いありません。
(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5カ月を海外、3カ月を東京、4カ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。