世界のビジネスエリートの間では、いくら稼いでいる、どんな贅沢品を持っている、よりも尊敬されるのが「美食」の教養である。単に、高級な店に行けばいいわけではない。料理の背後にある歴史や国の文化、食材の知識、一流シェフを知っていることが最強のビジネスツールになる。そこで本連載では、『美食の教養』の著者であり、イェール大を卒業後、世界127カ国・地域を食べ歩く浜田岳文氏に、食の世界が広がるエピソードを教えてもらう。

【GDP世界3位】ドイツ人はオリーブオイルよりも、車のオイルに金をかける!? 美食国とまずい国の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

GDPと食の豊かさは比例しない?

 僕が食の世界に興味を持ち始めたのは、アメリカで過ごした大学時代でした。1990年代のアメリカは、食事が本当に美味しくなかった。今でも総じてレベルが高いとはいい難いですが、当時は本当にひどかった。

 僕が過ごしたニューヘイブンという街はピザで有名なので、ピザだけは食べられましたが、パスタを食べようとしても、まともなイタリアンが街に一軒もなかった。当時はニューヨークでも、おそらく10軒もなかったのではないかと思います。

 かつてイタリアから来た移民が住んだリトル・イタリーにも、アメリカナイズされたイタリア料理の劣化版しかなく、茹で過ぎて伸びきったパスタを、客がフォークでブツブツ切って食べているような店しかありませんでした。

 そんな中、誕生日などの記念日に、当時ニューヨークで最高峰といわれていたお店に行くことがあり、「ああ、美味しい料理って、すごくいいものなんだなぁ」と思ったのでした。いいお店、ちゃんとしたお店に行く意味を、強く実感したのです。

 食文化は、経済が発展している国ほど豊かなわけではありません。実際、世界127カ国・地域を回りましたが、1人当たりGDPとその国の食文化は必ずしも連動しないと実感しました。

 もちろん、極端に貧しかったら、さすがに食文化などとはいってはいられず、生きるために食べなければいけない。しかし、生死をかける状況を抜け出した国においては、相関関係は高くない。

 また、経済的に豊かになった結果、一部の富裕層が食にお金を使うようになって美味しいレストランが生まれるというパターンもありますが、そういう国は特定少数のレストランを除いては美味しくないままなので、食文化が全体的に底上げされた、とまではいえないと思います。

ドイツで学んだ、人生のプライオリティ

 経済的に豊かでなくても美味しい国はあるし、1人当たりGDPが高くてもまずい国はまずい。これは、その国の文化の中におけるプライオリティの問題なのだと思います。何が人生において重要なのか、そして何にお金を使うのか、です。

 たとえば、今や日本を追い抜いてGDP世界3位となった経済大国ドイツ。

 中でもミュンヘンはドイツの中でも最も裕福な地域であり、「自分たちが他の地域を経済的に支えているのだ」というプライドがあります。

 食においても頑張っていて、昔は世界有数のミシュラン三つ星レストランがあったし、最近は三つ星や二つ星を獲得する若い世代のシェフたちが力を合わせてレストランシーンを盛り上げている。

 しかし、ミュンヘンのあるバイエルン地方と、フランスのアルザス地方の国境に面していて高級リゾートが多いシュヴァルツヴァルトを除けば、美食の名に値する美味しい店は全土で数軒しかありません。

 ドイツ北部に行くと悲惨で、ベルリンなど世界的な街なのに、美味しい店は本当に少ない。ガストロノミーを追求するレストランが意欲的な料理を提供していても、席が埋まらず、結局閉店を余儀なくされる。地元の人は、お金はあっても、食には使わないからです。

 ドイツ人は半分冗談半分本気で、高級なオリーブオイルを買うよりも、高級な車のオイルを買うのにお金をかける、といったりします。もちろん全員ではありませんが、これは彼らの人生における優先順位を示すエピソードだと思います。

 一方、1人当たりGDPで第140位前後のカンボジア。経済は急成長しているものの、レストランに関しては事前情報がほぼない中、一昨年訪問しました。現地で働く日本人に聞いたおすすめの店を回ると、どこも水準が高く、驚きました。

 カンボジアは、ポル・ポト時代の大虐殺で文化の継承が断絶したのですが、焚書を免れた昔の料理本などから伝統的クメール料理を再構築する試みが行われています。また、ストリートフードも充実しており、満足のいく滞在となりました。

(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)

浜田 岳文(はまだ・たけふみ)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。