クロオオアリPhoto:PIXTA

ある集団に、他の個体を生かすため自らを犠牲にして利他行動をとる個体がいるとする。その利他的な個体が持つ遺伝子のアレル(DNA配列)は、はたして淘汰されてしまうのだろうか?進化学者の著者が、最新研究を交えつつ解説する。※本稿は、河田雅圭『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? 進化の仕組みを基礎から学ぶ』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

小集団の選択による利他行動の進化
ハミルトンの驚くべき「血縁選択説」

「利己的遺伝子」は利他行動の進化に関連して言及されることが多い。利他行動とは、ある生物個体が自分の生存率を下げてでも、他個体の適応度を増加するように振る舞うことである。

 典型的なのがアリやハチだ。繁殖して子どもを残すのは女王だけであり、同じ巣のほかの個体は餌を採ってきたり、巣を防衛したりするワーカーとなる。

 ワーカー個体は、自分の適応度をゼロにしてでも、女王個体の適応度を増加させるように働く。

 従来の個体選択の考え方からすると、利他行動を発現する遺伝型の個体は、利他行動を発現しない個体に比べて適応度が低いので、個体選択では進化できないことになる。

 この問題に答えを出したのがW・D・ハミルトンだ。

 彼は、利他行動を発現する遺伝子のアレルは、利他行動をして相手を助けた個体ではなく、助けられた個体がより多くの子どもを残すことで増えると考えた。※編集部注:アレル=集団中で出現頻度を変化させていくDNA配列。対立遺伝子とも言う

 つまり、利他行動を受けて利益を得た個体も利他行動を発現するアレルをもっているとすると、その個体が、利他行動をした個体の代わりに、利他行動遺伝子のアレルを増やしてくれるというのである。

 兄弟や姉妹など血縁者の間では同じアレルを共有する可能性が高く、利他行動をして助ける相手が血縁者ならば、利他行動を発現するアレルを共有している確率も高い。

 そこで、利他行動をする個体は血縁者に対して利他行動をすることで、利他行動を発現するアレルの頻度を増加させていくのである(血縁選択説)。