これからが本番の“深刻な人手不足”のなかで…

 就職後にすぐに転職を考え、退職代行サービスを利用する新入社員もいる。与えられた業務やキャリアの道筋などに何らかの違和感を覚えることがきっかけのようだ。しかし、その背景には、あまりにも「売り手市場」であることも考えられる。いくら多くの企業から内定(内々定)をもらったとしても、入社できるのは1社だけ。入社する企業の選択において、たとえば、「世間的に名の知られた企業ならよい」といった判断が早期退職の遠因になっているのかもしれない。あるいは、企業側も人手不足から採用基準の判断が緩くなっているのかもしれない。「売り手市場」の陰で、学生と企業のミスマッチが拡がっている可能性がある。

首藤 大卒者の3年以内離職率については、毎年、厚生労働省がデータを公表していて、2000年代の前半は4割近くでした。その頃に比べると、最近は3割ほどで、数字はさほど上がっていません。いまどきの若者たちがどこまで転職を意識しているのかを慎重に見極める必要があるでしょう……とはいえ、入社後すぐに辞める新入社員が一定数いるのは事実です。たしかに、「売り手市場」で、学生が甘やかされている面があるのかもしれません。企業から大学のキャリアセンターに対して、「最近の学生は企業への理解が浅い」という声をいただくこともあります。ただ、それは、早期に内々定を出している企業にも責任があるのではないでしょうか。繰り返しになりますが、かなり早期に選考が始まれば、企業・業界研究が不十分となるのもやむをえない面があります。学部3年生の1年間は、本来大学での学びや正課外での活動を通して人間的に大きく成長していく時期です。そのことを念頭に置き、企業のみなさんが採用活動に臨まれることで、ある程度のミスマッチは防げるのではないか、と思います。

 今後、企業にとって、新卒採用はますます厳しさを増していくだろう。そうしたなかで、業種や規模で苦戦している企業は、単なる早期の接触や内々定出しではないアプローチを検討すべきではないか。たとえば、会社説明会では自社の話だけではなく、就職活動の進め方やESの書き方などについて、先輩社員や人事担当者のアドバイスを織り交ぜてみる。ESや面接での不採用通知にコメントを加える――そうした対応で、企業に対する学生の印象も変わるはずだ。

首藤 日本の就業者数は、まだ減少していません。女性や高齢者を中心に労働力率が伸び、わずかではありますが、増えていたくらいです。

 しかし、今後は人口減少が加速度的に進むと予想されています。深刻な人手不足はこれからが本番なのです。そうした社会状況において、各企業はどのように事業を継続していくのかを考えなければなりません。

 対応策ははっきりしています。一つは生産性の改善です。DXなどを通して従来5人でやっていた業務を4人でこなすような取り組みを進めなければなりません。もう一つは、採用した人材を育成し、定着させることです。おそらく、どんな企業でも、「簡単に辞められたら困る」というのが本音ですから。

 人材定着の鍵を握っているのは、給与水準や福利厚生といった「目に見える部分」は言うまでもありませんが、それだけではなく、働きがいや成長の手ごたえといった「目に見えない部分」も大切です。

 人手不足のなか、女性に「活躍」してもらえるかどうかは鍵となるでしょう。従来、男性よりも女性の離職率のほうが高い傾向があり、女性が定着しやすい企業は、男性も定着しやすい企業とも言えるでしょう。自社の女性定着率はどうなのか、低いとしたら何が原因なのか――人事部門のみなさんは、ぜひ、それを確認してみてください。一方、「我が社は短時間で働けたり、いつでも休めたり、育休も長く取れる!」と反論される方もいるかもしれません。「女性の管理職を増やしたい」という企業の研修にゲストで呼ばれることがあり、「うちは女性たちの意欲が低いんです」「女性は『管理職になりたくない』と言います」と担当者に嘆かれたり、「女性たちに活を入れてください!」と頼まれたりすることもありました。みなさんに悪気があるわけではありませんが、女性社員の意欲を削ぐような仕組みや雰囲気が原因になっているケースも目立ちます。たとえば、「子どもが小さいうちはこの仕事だけすればいいよ」と言い、重要な仕事から外してあげる、といったことが行われています。 会社としては配慮したつもりでも、結果的に経験が不足し、キャリアが頭打ちとなる状況が生まれています。つまり、配慮が排除になっています。学問的に言えば、過度な配慮は「好意的な性差別」とも呼ばれ、差別の一つにあたります。そして本来、子育ての責任や負担は男性も女性も同じはず。男性の長時間労働や働き方を見直し、男性も子育てや親の介護がしやすい職場環境をつくらないと、女性の管理職や幹部は育たないでしょう。

 経営層や人事担当者が、一人ひとりの社員を見て、教育に投資し、期待をかけていく――「働きやすさ」と「働きがい」が両立できる仕組みや雰囲気を整えれば、誰でも、「この会社で頑張って働いていこう!」となるはずです。女性社員の活躍にしても、新卒の採用活動にしても、「一人ひとりのキャリアを支援する」という姿勢こそがいちばん大切だと私は思います。