熱波で1万5000人が死亡したフランスで「五輪選手村にエアコンなし」の摩訶不思議(c)A.S.O. Billy Ceusters

真夏に開催されるパリ五輪の選手村にエアコンがないことがニュースとなった。日本ではまず考えられないが、なぜこんな摩訶不思議なことが起こるのだろうか。まずは、熱戦が繰り広げられたツール・ド・フランス第4・5ステージの結果を振り返ろう。

39歳ベテランの「諦めない力」
111年の歴史を塗り替えたステージ35勝

 ツール・ド・フランスが開幕地イタリアからアルプス山脈を越えてフランスに帰ってきた。大会4日目となる7月2日は、イタリアのピネローロからフランスのバロワールまでの139.6kmで第4ステージが行われ、3年ぶり3度目の総合優勝を狙うUAEチームエミレーツUAEエミレーツのタデイ・ポガチャル(スロベニア)が独走勝利。2日ぶりに首位選手に与えられるマイヨジョーヌを取り戻した。

 7月3日の第5ステージはサンジャンドモリエンヌ〜サンブルバ間の177.4kmで行われ、アスタナ・カザクスタンのマーク・カベンディッシュ(英国)が大集団のゴールスプリント勝負を制して優勝した。単なる1勝ではない。ツール・ド・フランス111年の記録が塗り替えられたのだ。

熱波で1万5000人が死亡したフランスで「五輪選手村にエアコンなし」の摩訶不思議ステージ最多勝利数を更新し、報道陣に囲まれるマーク・カヴェンディッシュ選手 (c)A.S.O. Charly Lopez

 ツール・ド・フランスのステージ優勝回数は、自転車史上最強すぎて「人喰い鬼」とさえと呼ばれたベルギーのエディ・メルクスが34回の最多記録を持っていた。カベンディッシュは2021年に34勝目を挙げた。一時は最多タイ記録に満足して引退を表明したが、周囲の励ましもあって現役続行。この第5ステージで単独最多となる35勝目を挙げるのだった。

 人生、あきらめてはいけないこともある。ゴール地点の小さな町が歴史的快挙のニュースに熱く燃え上がったのは言うまでもない。ゴールとなった直線路が「カベンディッシュ通り」と名称変更されるのは火を見るよりも明らかだ。もう一つ付け加えるとすれば、カベンディッシュが苦手とするアルプスの山岳ステージを耐えてこの日に繋げたということも意味がある。

オリンピック選手村も悩ませる
フランスに「エアコン」が少ない理由

 イタリアからフランスに入るためには、リビエラ海岸沿いのルートを除けばアルプス山脈を越える必要がある。第4ステージの70.6km地点、両国国境をなすモンジュネーブル峠を通過。もうそこはアルプスまっただ中だ。120.7km地点で数々の名勝負の舞台となった標高2642mのガリビエ峠を越えた。開幕から4日目にして本格的アルプスでの戦いとなるのは過去30年の取材経験の中で記憶にない。

熱波で1万5000人が死亡したフランスで「五輪選手村にエアコンなし」の摩訶不思議(c)A.S.O. Charly Lopez

 ガリビエ峠の周辺には例年なら見ることはない残雪がいたるところにあった。2024年の気温が寒いからではなく、開催のタイミングが7月上旬と早いからだ。ガリビエ峠は3年に一度ほど通過するのだが、いつもなら7月中旬から下旬に「ラスボス」的な峠としてとして降臨する。2024年は季節が早いから雪があるというだけなのだ。

 ガリビエ峠は南麓からアプローチするのがほとんどだ。選手を待つために峠の中腹にたたずむと、谷底をはさんだ対岸に標高4000mを超える山々を望むことができる。初めてガリビエ峠を上ったのは1989年で、そのときに撮影した大岩壁の氷河はポジフィルムとして引き出しの中に残っている。以来、年々氷河が小さくなっているような気がするのだが…。

 地球規模で温暖化が進行しているのは間違いない。ツール・ド・フランスが7月下旬に南フランスを訪問するときは、天気予報を見るのがある意味で恐怖だ。気温40度の熱波が襲来することもよくある。そして初めてフランスが猛暑に見舞われた2003年のあのことが記憶に蘇ってくる。

 それにしてもショー(暑い)。しかもトレトレ・ショー(とっても暑い)。フランスに夏が到来するとコースに陽炎(かげろう)が立つ。フランスはその昔から直射日光は強いものの、木陰に入れば湿度がないのでさわやかで、石造りの民家も重い鎧戸を閉じれば室内はひんやりしていた。そして日が落ちれば一気に冷え込む。だからエアコンは普及しなかった。

熱波で1万5000人が死亡したフランスで「五輪選手村にエアコンなし」の摩訶不思議ドーピング違反で7年間の全記録が抹消された選手。小さな女のコが不思議そうに見ていた Photo by Kazuyuki Yamaguchi

 2003年は米国のランス・アームストロングが77連覇中に唯一苦戦した年だ。その後に血液ドーピングが発覚し、全成績が抹消されたのだが、違法行為を行った肉体はひたすら強かった。しかしアームストロングの唯一の弱点が暑さだった。当時のライバルであるヤン・ウルリッヒ(ドイツ)は暑さに強く、2003年は大接戦で最終日前日のタイムトライアルを迎えた。

 そんな運命の11日は冷たい雨になった。アームストロングはどこまでラッキーなのかと思った。そしてこの年、エアコンがないフランス庶民は木陰などで暑さをしのぐしかなく、暑さの影響で枯れ枝が直撃するなどの事故を含めて1万5000人以上が死亡したという(WIRED 2019年7月31日)。あの年以来、気温は確実に上昇し、エアコン普及率が急激に高まった。しかし、各地のホテルも「クリマティゼ=エアコンあります」の看板を掲げて来客を促しているくらいだから、普及は途上なのだろう。日本ではエアコンのないホテルなど想像もできない。

 パリ五輪の選手村にはエアコンがないことでニュースになったが、組織委員会は「冷たい地下水を通してクーリングする計画。それってエコでしょ」と発表。果たして選手たちは快眠できるのか? 開幕まであと3週間だ。