パリ五輪自転車トラック日本代表が使用するTCM-2パリ五輪自転車トラック日本代表が使用するTCM-2 (c)山口和幸

この自転車ならパリ五輪メダルの色が銀や銅から金に変わるかもしれない。東レが日本代表のために開発した最先端自転車は、1985万円(税別)で市販もされるという。さらに、通常では自転車の右側につくはずのチェーンとギヤを左側につけた。世にも珍しい非常識的なフォルムをした超高額マシンの実力は? そもそも自転車はなぜ右側にチェーンがあるのか? 「左側チェーン」の開発秘話から自転車にまつわる素朴な疑問まで、自転車専門記者が取材した。(スポーツジャーナリスト 山口和幸)

悲願の五輪金メダルへ
初号機に浴びせられた酷評

 自転車トラック競技。女子ケイリン2年連続の世界2位が佐藤水菜。女子マディソンのネーションズカップ優勝コンビが内野艶和と垣田真穂(3選手ともチーム楽天Kドリームス)。5月12日に静岡県の伊豆ベロドロームで開催されたジャパントラックカップで、パリ五輪でのメダル獲得が期待される選手が使用したのが、東レ・カーボンマジック社製の最先端自転車だ。

 同社はレーシングカーの開発で定評があり、空飛ぶクルマや宇宙開発までも手がけている。今回はこれに炭素繊維世界シェア1位の東レ、自転車競技トラックで世界一を目指す日本選手をサポートするHPCJC(ハイパフォーマンスセンター・オブ・ジャパンサイクリング)がタッグを組んだ。目指すのは日本自転車界の悲願である五輪金メダル。競輪団体のJKAが開発費として補助金1億5000万円(2024年度)を拠出した一大プロジェクトだ。

 2年前、東レ・カーボンマジックは今回の自転車づくりに着手し、コンピュータ援用設計と風洞実験室を駆使して空力を突き詰めた初号機、TCM-1を作った(TCMは同社のイニシャル)。東京五輪に採用されたブリヂストンサイクルのTS9とTE9のコンセプトを継承し、主に材料面と構造面をブラッシュアップしたプロトタイプだった。

「最初のプロトタイプは既存モデルを改良した程度で、見た目こそよさそうだったが、剛性(変形のしにくさ)もなくて乗れるものではなかった」とHPCJCのテクニカルディレクター、ブノワ・ベトゥがダメ出しした。同氏は8年前、日本自転車競技界が招聘したフランス人コーチである。