2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

変化するテクノロジープラットフォームとの親和性をどう予測するか?Photo: Adobe Stock

テクノロジープラットフォームが市場を席巻

 2000年代の後半から2010年代の前半にかけて、ガラケーからスマホに多くの利用者が移行していき、新しいテクノロジープラットフォームが席巻し市場が大きく動いた。

「ガラケー」→「スマホ」、「FAX」→「e-mail」のようにテクノロジープラットフォームが変化すると、これまでの競争環境がゼロベースでリセットされる、いわゆる「ガラガラポン」が起きる。

 STEEP分析のTechnologyのところで解説したが、3~5年の時間軸で、どのテクノロジーが今後成熟期に入っていくのかを見立てて、その前から準備をしておくことが大事だ。

 先述したメルカリはこれに上手に乗った企業だ。メルカリ登場以前から、フリマサイトとして「ヤフオク!」というサービスがあったが、こちらはパソコンに最適化されたサービスだった。

 下図に、メルカリとヤフオク!の比較を整理したが、パソコンのデスクトップでは、その場で写真が撮れないなどの使いにくさがある。メルカリの勝因は、スマホに最適化させたことである。簡単に写真をスマホで撮って、すぐに出品できる。この最適化によって、メルカリが一気に市場を席巻した。

『ネットワーク・エフェクト』(アンドリュー・チェン著、大熊希美訳、日経BP)には、「テクノロジープラットフォームがシフトした時は、全てのスタートアップが『コールドスタート問題』からやり直さなければならない」と解説している。

 コールドスタート問題とは、いわゆる「ニワトリとタマゴのジレンマ」に陥り、初期段階におけるプロダクトの利用が増えず、成長が滞ってしまうという課題のことだ。

 一方で、先に一定の閾値を超えたプレーヤーはポジティブなネットワーク効果が働き出すので、市場を席巻するチャンスをつかめる。

 Appleが2023年6月に発表したApple Vision Pro(複合現実ヘッドセット型PC)は、もしかしたら、iPhone並みの変化を今後10年くらいでもたらすのでは、と考えている。空間コンピューティング(Spatial Co mputing)という新しいコンセプトで、これまでとは異なる没入感とUXを提供している。Apple Vision Proは、ユーザーのメタバースシフト(空間コンピューティングシフト)を加速させる試金石になるかもしれない。

 まだ、現時点では、開発キットも提供されていないし、発売される2024年から数十万台単位で出荷される予定だ(iPhoneは2億台出荷されているので、それに比べたら非常に少ない)13)。いずれにしろ、このデバイスが起爆剤となり、新たな市場が生まれることを期待している。

 13)出典:https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prUS50146623

過熱期の「バブル」に踊らされず、
幻滅期に失望せず「2回目の波」に乗れるか

 国内に目を向けてみると2022年に上場したANYCOLORというスタートアップは、VTuber向けのプラットフォームを提供し大きく伸びている。ちなみに、2017年に立ち上げた時点では、VTuberというのは全く市民権を得ていなかった(2016年にキズナアイが登場して、その黎明期が始まったタイミングだった)。

 2010年代後半にかけて、仮想化技術が勃興し、またそれを支えるテクノロジーが広がり、VTuberの市場は一気に拡大した。これによりANYCOLORの売上も加速度的に伸びた。ただこういった大局的な変化は創業当初からの見立てだったのだろう(下図)。

 1つ、追記しておくと、以前に紹介した「Gartner Hype Cycle for Emerging Technologies」(ガートナーのハイプサイクル)では、いわゆる過剰な過熱期があり、その後落ちこむ幻滅期があり、また揺り戻すサイクルが示されている。大切なことは過熱期のいわゆる「バブル」に踊らされずに、また幻滅期で失望せずに、様々な事例の出現を追いかけることによって、上手に「2回目の波」に乗っていくということである。

「変化するテクノロジープラットフォームとの親和性」の読みが難しい点は、時代にぴったりハマるものばかりではなく「早すぎる」というケースがあることだ。

 たとえば、没入感の高いメタバース(仮想空間)を提供する「Second Life」が登場したのは2003年のことだった。まだまだ3Gでネットワークが弱かったため、画期的な事業であったものの広がることはなかった。

 しかし、現在メタバースが盛り上がっているタイミングなので、今であれば人気を博したかもしれない。このようにテクノロジーの変化を読み解くことは難しさもあるが、非常に面白く、重要なポイントだと言える。

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。