なぜ、「正論」を主張しても、組織は1ミリも動かないのか? 人と組織を動かすためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」を磨く必要があります。4000人超の現場リーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学び、磨いてきた「ディープ・スキル」を解説します。
※本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします。(初出:2022年10月22日)

「組織を動かす人」と「組織に潰される人」の決定的な違いとは? ~組織力学への深い洞察に基づく「ディープ・スキル」の有無【書籍オンライン編集部セレクション】写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「仕事ができる」とはどういうことか?

「あの人は仕事ができる」という言い方があります。

 ビジネスパーソンであれば誰もが、そのような評価を得たいと思っているのではないでしょうか。しかし、「どういう人をもって“仕事ができる”というのか?」と聞かれると、明確に答えるのは意外と難しいものです。

 それでも、「“仕事ができる人”になりたい」と願う多くのビジネスパーソンは、本を読み、セミナーを受講し、学校に通って熱心に勉強をしています。オンライン化が進んだことによって、「学び」へのアクセスがより簡単になったことも、“勉強熱”をますます高めているように見受けられます。

 そして、学者やコンサルタントが考案した思考フレーム、成功や失敗のケーススタディ、経済動向や技術動向といった最新事情、会計やファイナンスの知識、さらには、プレゼン手法や表計算ソフトの使い方といったノウハウなどを貪欲に学んでいます。

 もちろん、これは素晴らしいことです。

 こうした「知識」や「ノウハウ」を仕事に活かすことができれば、より一層成果を出しやすくなるでしょう。仕事における能力を向上させるうえで、「学ぶ」ことは不可欠。その努力を続けることは、非常に立派なことだと思います。

 ただ、豊富な「知識」や「ノウハウ」を身につけたビジネスパーソンが、会社の中で「仕事ができる」と言われるかというと、必ずしもそうではありません。むしろ下手をすると、「頭でっかちで実務はちょっと……」と思われてしまうこともあるのが現実。それは、私自身、ビジネススクールの教員を10年以上務めてきたなかで感じることでもあります。せっかく努力をしているのに、とてももったいないことです。

 つまり、「知識やノウハウが豊富」だからといって、「仕事ができる」わけではないということ。「知識」や「ノウハウ」は仕事をするうえでの必要条件ではあっても、十分条件ではないということです。

「ディープ・スキル」とは何か?

 では、何が重要なのか?

 ずばり「実行力」です。「知識」や「ノウハウ」を活用しながら、具体的に仕事を前に動かしていく「実行力」こそが決定的に重要なのです。

 私は、仕事とは「誰かの“不”を解消し、喜んでもらって、その対価をいただくこと」だと考えています。「不」とは不安、不満、不快などの「不」。この「不」を解消して、人々に喜んでもらうことこそが仕事の本質なのです。

 そして、会社員の強みは、会社が有するリソース(ヒト・モノ・カネ)を活用して、世の中の「不」を解消できるということ。会社のリソースを使えるからこそ、ひとりではとてもできない「大きな仕事」ができるのです。

 ただし、そのためには条件があります。

 社内の人々を味方につけ、組織を動かすことができなければならないのです。

 世の中の「不」を解消する素晴らしい事業企画があったとしても、それを組織の中で認めてもらえなければ仕事は始まりません。あるいは、事業企画が承認されたとしても、社内の人々や関係部署、経営陣の感情的な共感が得られていない場合、その後サポートを得られないばかりか、さまざまな抵抗に見舞われるなどして、その事業は頓挫してしまうでしょう。

 仕事を「実行」し、「結果」を出すためには、人と組織を動かすことから絶対に逃げることはできないのです。

 しかし、これが難しい。

 人や組織は、理屈だけでは割り切れない複雑な存在です。

 人はいつも合理的に判断や行動をするわけではありませんし、さまざまな要因で気持ちは揺れ動きます。経営陣、上司、部下など社内の人々を味方につけるためには、そうした「人間心理」への鋭い感性が求められます。

 そして、そんな「人」が集まってできている組織は、さらに複雑な力学のもとに動いています。同じ会社内であっても部署ごとに利害は異なり、ときには対立関係に陥ることもあります。あるいは、「社内政治」と呼ばれるような力関係の中で翻弄されることもあるでしょう。「組織力学」に対する深い洞察がなければ、組織を動かすどころか、組織に押し潰されてしまうのです。

 だから、私は次のように考えています。

「人間心理」と「組織力学」に対する深い洞察力。

 そして、その洞察に基づいた的確な行動力。

 この2つの能力を兼ね備え、人と組織を巧みに動かす「実行力」を身につけたときに、はじめて「仕事ができる人」という評価を勝ち取ることができるのだ、と。

 これはビジネススクールで学べるような「理論」を超えた、「ヒューマン・スキル」とでも言うべきもの。「深い洞察」に基づいた「ヒューマン・スキル」であることから、私はこれを「Deep Skill(ディープ・スキル)」と名づけました。そして、それを、私なりに言語化しようと試みたのが『ディープ・スキル』という書籍です。