新紙幣の各銀行への引き渡しは発行日当日
発売前のゲームソフトとはわけが違う

 どうやら、この老人は1週間後に発行される新紙幣が、すでに銀行の各支店に保管されていると思いこんでいるらしい。新発売のゲームソフトが、発売日の開店時から家電量販店に山積みされているように、発行日前に各支店へ届いていると思ったのかも知れない。

「本当に届いてないんですよ」

「ウソじゃ!」

 そんなやり取りが続き、押し問答に疲れたのか、現実が分かったのか。急に寂しそうに呟いた。

「びっくりさせたかったんじゃよ…」

「はい?」

「まだ誰も持ってない新しいお金を、孫に見せてやりたかったんじゃ」

「は、はあ…」

 どうやら、それが本心だったようだ。何か深い理由があるかと思いきや、そのせりふはまるで、アニメの『ちびまる子ちゃん』に出てくる友蔵じいさんかと思うくらいだった。

「どうしてもダメかのう?」

「はい、残念ですが、7月3日に各銀行と郵便局に引き渡されますので、今日はございません」

 可哀想な気がしたが、どうにもならない。ないものはない。そう言い切るしかなかった。力なく老人は席を立ち、深いため息とともに店を後にした。銀行強盗のようなせりふを声高に叫んだ元気など、もうそこにはない。願いの叶わなかった孫煩悩な老人の姿しかなかった。