宇宙飛行士・野口聡一さんを苦しめた、宇宙へ行く前後の「扱われ方のギャップ」とは?Photo:Jun Sato/gettyimages

元宇宙飛行士・野口聡一氏の著書『どう生きるか つらかったときの話をしよう』(アスコム)から、要点を一部抜粋してお届けします。「宇宙に行くと人生観が大きく変わり、日常の些細なことで悩まなくなる」。宇宙飛行士に対して、そんなイメージを抱いている人も多いでしょう。ところが野口氏は、2回目のフライトを終えてから約10年間にわたって喪失感に苦しめられたといいます。その原因とは――。

重石が取れ、人生の目標を見失う

 本来ならば喜び満足してしかるべき時期だったにもかかわらず、2回目のフライトから帰ってから約10年間、僕は大きな寂寥感や喪失感に襲われることになりました。その原因の一つは、「重石」が取れたことでした。

 それまでの僕は、常に宇宙でミッションを達成することばかり考えていました。

「ミッション達成」という重石があり、そこに向かって頑張ることに自分の立ち位置や存在意義を見出していたのです。

 最初のフライトのときは、まだまだ宇宙飛行士として新人で、帰還してからも「とにかく自分の実績を上げないと」という気持ちがありました。

 ところが、2回目を終えて帰還したときは、達成感があったがゆえに、重石がとれ、肩の荷が下りると同時に人生の方向感をも失ってしまい、「まだ45歳だしこの仕事を続けたいけれど、次は何をすればいいんだろう」「これから先に、まだ目指すものはあるだろうか」「宇宙飛行士として、モチベーションを維持し続けることができるのだろうか」という思いが強かったのです。

 また、自分が全身全霊をかけて立ち向かっていたものが消えたことにより、僕は「自分には価値がなくなった」「自分は必要とされていない」と感じるようになり、「あれだけ夢中になっていたこと、長い時間と精魂込めて立ち向かっていたことは一体何だったのか」「そこにかけた時間の意味は何だったのか」「それに価値がないとすると、自分の存在意義は何なのか」とまで思うようになりました。

 それはまさに自己否定、自己喪失であり、「燃え尽き症候群」のような状態でした。

 もっとも、僕は、燃え尽きること自体は決して悪いことではないと思っています。

 燃え尽きるのは、何かの目標に向けて自分が持っている能力を全部使い果たしたということ、何かに全力を注いだということであり、それはとても幸せな事でもあると思うからです。

 ただ、大事なのは、燃え尽きた先でどうするかです。

 ずっと燃え尽きたままでいるのか、新しい目標を探して立ち上がっていくのか。

 そして、何か大きなことを成し遂げると、同じレベルのことは次の目標にはなりづらく、新たな目標を見つけることが難しくなるのはたしかです。

 僕は2012年にアメリカから日本に戻り、テレビの報道番組でキャスターを務めたり、大学の先生たちと、人類が宇宙に進出する人文学的な意味や価値を考える取り組みを行ったり、国際連合の仕事に従事したりしましたが、宇宙飛行に代わるだけの人生の目標を、どうしても見つけることができませんでした。