宇宙飛行士・野口聡一さんを苦しめた、宇宙へ行く前後の「扱われ方のギャップ」とは?どう生きるか つらかったときの話をしよう』(野口聡一 著、アスコム、税込1540円)

 僕がISSから帰還した2年後には、後輩にあたる星出彰彦さんが通算の船外活動時間記録を更新し、3年後には若田光一さんが宇宙滞在日数の最長記録を更新したのです。

 宇宙飛行士の圧倒的な先駆者である毛利さんや、比較的年齢の近い先輩である若田さんは、常に先を走っている。

 そして、自分が達成したミッションや記録は、後輩含め、僕以外の宇宙飛行士によって次々に塗り替えられていく。

 そうした事実を突きつけられては、自分と他者とを比較し、僕はどんどん自分を否定し、自信を失っていきました。

 頭では「自分にしかない良さもあるはずだ」とわかっていても、自分のほうが優れているポイントに関しては「大したことがない」と感じ、自分のほうが劣っているポイントは、頭の中で大きくクローズアップされるのです。

 当時の僕を含め、多くの人は、やりがいが感じられることに取り組むこと、周囲の人から称賛されること、必要とされることなどによって、「自分が自分たりうる」という自信を抱きます。

 逆に、それらがなくなると、自分の存在意義を見失い、自分が何をやりたいのかがわからなくなってしまうわけです。

 2回目のフライトを終え、記録は塗り替えられ、次のフライトの予定もない。自分はもう、宇宙飛行士としての役割を終えたかもしれないし、周りから求められること、必要とされることももうないかもしれない。

 子どものころから宇宙飛行士に憧れ、宇宙飛行士候補に選ばれて約15年間、必死で訓練に取り組み、宇宙へ2回行き、数々のミッションを達成したのに、自分には何も残っていない。

 そんな思いが、僕につらくのしかかりました。

宇宙体験によって得られるのは
人間的な成長というよりは視野の拡張

 おそらくみなさんは宇宙飛行士に対し、「宇宙に行った人は、きっと人生観が大きく変わり、他者と自分を比べたり、日常のささいなことで悩んだりすることはなくなるのではないか」といったイメージを抱いているのではないでしょうか。

 たしかに、立花隆先生が書かれているように、宇宙体験が、宇宙飛行士の意識構造に深い内的衝撃を与えること、宇宙飛行士の多くが、宇宙で、意識の変容体験をするのはたしかだと、僕は思います。

 ただ、そこで得られるのは、人間的な成長というよりは視野の拡張にすぎません。宇宙体験が、人生のすべての悩みや苦しみを解決してくれるわけではないのです。