僕を苦しめた「自分は必要とされていない」という思い
宇宙へ行く前と後の扱われ方のギャップ

 もう一つ、僕を苦しめたのは、宇宙へ行く前と帰ってきてからの、人々からの扱われ方のギャップでした。

 宇宙へ行く前および飛行中、宇宙飛行士は非常に手厚いサポートに恵まれます。

 職場では、「あなたはこれから大変なミッションを果たしに行くのだから、そこに集中してほしい。ほかのことは全部僕たちがやるから」と同僚たちが上げ膳据え膳で助けてくれますし、宇宙船打ち上げの瞬間には、まさに全世界からの注目が宇宙飛行士に集まります。

 ところが、一番危険な打ち上げが無事に終わると、人々の注目度はいったん大きく下がります。

 宇宙飛行士にとっては、そこから本格的な宇宙飛行が始まるのに、見守っている人たちにとっては、打ち上げがもっとも大きなイベントであり、帰還するころには、僕たちが宇宙に行っていたことを気に留めている人はほとんどいません。

 宇宙飛行を終え、職場に戻れば、「帰ってきたんですね」「すぐに日常業務に戻ってください」「あとは自分で頑張ってください」といった空気を感じるのです。

 僕自身、宇宙飛行士をサポートする地上支援業務を行ったこともあるので、打ち上げが終わると、「あれ、今は誰が宇宙にいるんだっけ?」といった感覚になるのも、「宇宙飛行を終えてきた人を、いつまでも特別扱いするわけにはいかない」という周りの人たちの気持ちもよくわかります。

 しかし、行く前と帰ってきた後の扱われ方の変化、ギャップの大きさは、非常につらいものがありました。

 さらに、宇宙へ行く前までは、JAXA内部や宇宙開発コミュニティの中で「今年の顔」みたいに扱われても、翌年にはほかの宇宙飛行士がその座に就くことになります。

 ほかの宇宙飛行士がもてはやされ、若手が控えている中で、「自分はもう必要とされていない」と感じるようになる。

 その寂寥感、喪失感の大きさは、言葉では表現できないほど大きなものでした。

 どんどん塗り替えられていく、自分の記録しかも、僕の記録は、あっという間に塗り替えられていきました。