医療スタッフに病気の感染を警告するのは、典型的な「ムチ」作戦である。しかし研究チームが差し出したのは「アメ」、つまり肯定的なフィードバックというご褒美だった(注・この作戦の素晴らしさはそれだけではない。電光掲示板は社会規範の指標となり、他人の行動を知る目安にもなる。また、「早番」対「遅番」など、シフトグループ同士の競争も促す)。

 スタッフの一員が手を洗うたび掲示板の数値が上がり、「よくできました!」など好意的なコメントが個別に表示される。こうしたフィードバックが即座に返ってくると嬉しい気持ちになることが予測できるから、従業員はさもなければ時々さぼっていたこと(手洗い)を行うようになり、しばらくするとそれが習慣になる。

【究極の二択】アメとムチ、人を動かすのに効果的なのはどっち?米研究が明らかにした「やる気」の仕組み事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学』(白揚社) ターリ・シャーロット 著、上原直子訳

 研究結果によれば、望ましい行動を継続させるために、肯定的なフィードバックを永遠に返し続ける必要はないという。それがなくなっても、人は同じ行動を長期にわたって続ける場合が多い。自分の行動のレパートリーに組み込まれてしまったという理由で、そうするのだ。

 あなたは意外に思われるかもしれない。というのも、自分や周囲の人々が感染し、病気を蔓延させる可能性は、行動を起こさせるに足る強い動機に見えるからだ。

 そう思えるからこそ、私たちは恐怖を与えることで他人の行動を改めさせようとする。しかし実際は、取るに足りないフィードバックの方が、警告や脅しよりもよっぽど効果的に人を行動に駆り立てた。奇妙に感じるかもしれないが、行動を導くことに関して言えば、即時の報酬は、将来の罰よりも有効なことが多い。