医師や看護師などの職員がきちんと手を洗うたびに、掲示板に示される数値も上がっていく。これらの数値はスタッフの手洗い順守率を表すもので、その時間に働いているスタッフの何%が手を洗っているか、1週間ではどれくらいの率になるかなどが示される。そこで何が起こったか?なんと、順守率が90%近くまで上昇したのだ!

 これらの結果は驚くべきもので、実際に多くの科学者が疑念を抱くほどだった。そこで研究チームは、病院内の別の治療室で同様の結果を再現しようと試みた。すると案の定、同様の結果が観察された。ここでは、電光掲示板設置前に手洗いをしていたのは全国平均に近い3人に1人だったが、掲示板によるフィードバックが導入されると、順守率は一気に約90%まで跳ね上がった。

 研究チームの介入がなぜこんなにうまく機能したのか?その謎を解くためには、彼らのやり方のどこが従来と違ったかを考えてみる必要がある。ニューヨークの研究者たちは、アメリカ北東部のICUで、他の誰もが試みなかったどんなことを実行したのだろう?

「アメ」の快楽と「ムチ」の苦痛で
人類の行動は決定される?

 18世紀の偉大な博識家ジェレミイ・ベンサムの著作のうち、世の中に最も大きな影響を与えたものは、次の一文から始まっている。

「自然は人類を苦痛と快楽という、2人の主権者の支配のもとにおいてきた。われわれが何をしなければならないかということを指示し、またわれわれが何をするであろうかということを決定するのは、ただ苦痛と快楽だけである。……苦痛と快楽とは、われわれのするすべてのこと、われわれの言うすべてのこと、われわれの考えるすべてのことについて、われわれを支配している」。