松田優作が亡くなってから、1度だけ、2000年代前半に美由紀と龍平、翔太が「水香園」に来ている。

 西多摩霊園(東京都あきる野市)に眠る優作の墓参りの帰りに立ち寄っただけで、宿泊はしていない。

 美由紀は「ここに来ると涙が止まらなくなるから、もう来れない」と泣き出し、息子2人はしみじみと父との思い出の庭や河原を歩いていたという。

「水香園」は「相棒」をはじめ人気テレビ番組や映画など、多くの撮影に使われている。なかには、「ここは松田優作さんの定宿だったんですよね」と話を振ってくるスタッフも少なくない。

 いまも多摩川のほとりに建つ「水香園」はよく手入れされた3000坪の庭園に、離れ形式で全5棟6室があるのみ。静けさが保たれ、松田が言う「隠れ家」だ。

「河鹿」は多摩川に最も近く、涼やかな川音が聞こえてくる。「松」は少し高い位置で敷地を見渡せる。

 松乃温泉はアルカリ性単純硫黄泉。硫黄成分の血管拡張作用は身体を温めるため、痛みに苦しんだ松田も少しは楽になったのだろうか。

 松田が「風呂も大きい」と気に入った大浴場は健在で、大きなガラス窓越しに多摩川が望める。

 女将の中村さんにとっての松田優作とは?と尋ねると、

「うちにいらした時は、話をしてもいつも目が笑っていました。映画での拳銃を持った姿はどこにいったの?と思うほどで、私にとっては映画『探偵物語』の優作さんがいちばんしっくりきます」

 ふっくらとした丸顔の中村さんは柔らかな印象で、とても控えめだ。生い立ちも、その仕事の様も「狂気」を帯びた松田優作とは対極にいるような人だ。

 松田優作にとって、中村さんは慎み深いファンであると同時に、ただただ寛げる場所を提供し、温かく包んでくれる存在だったのだろう。

松田優作(まつだ・ゆうさく)
昭和24(1949)年9月21日~平成元(1989)年11月6日