高倉健Photo:Imaginechina/JIJI

「気遣いの人」としても知られる名俳優・高倉健。過酷な撮影現場でも常に自分を律し、誰にも分け隔てのない優しさを貫いた。映画「海峡」ロケの滞在先でのエピソードを通じて、“無骨で不器用”な世間のイメージとはかけ離れた健さんの素顔に迫った。本稿は、山崎まゆみ『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)の一部を抜粋・編集したものです。

津軽海峡の空と海に宿るエネルギー
青函トンネルを掘り抜いた男たちの物語

 本州の突端、津軽半島の最果てを目指して、北海道新幹線開業時に新設された「奥津軽いまべつ駅」(青森県東津軽郡今別町)に降り立った。

 車を走らせると、こんもりとした緑が迫ってくる。車窓からの風景を眺めて、30分ほどすると視界が開け、海が見えた。

 津軽海峡だ。

 窓を開けると、強烈な磯の香りが鼻を突きさす。そして一気に強風が車内に吹き込んできた。耐え切れずに窓を閉めると、今度は「ご~っ」と風が吠えた。

 これが本州突端の風か――。

 海に面した道沿いの家屋は潮風で朽ち、トタン屋根は錆びている。けれど道を歩く老女は海風に負けないしっかりとした足取り。厳しい自然下で暮らす人の強さなのだろう。

 海の先に陸が見えた。北海道だ。その距離、わずか20キロという。

 空と海が一体となり、青色の濃淡が鮮やかなグラデーションを描き出す。こんなにも天気に恵まれているのに、吹き荒れる風で海には白波が立ち、潮流のせいなのだろう、海面は渦巻いていた。空と海に強いエネルギーが宿っている。

 高倉健が語る声が聞こえてきた。

「行け、行くんだ。北緯41度を越えて北へ行くんだ。人間の歩いた後に道はできる」

 森繁久彌が叫ぶ。

「この海の底はマンモスにしか渡れねぇんで。わしら人間には無理だ」

 これらは昭和57(1982)年に公開された映画「海峡」の予告編のセリフである。本州と北海道を隔てる津軽海峡の底に、青函トンネルを掘り抜く熱き国鉄マンの物語だ。

 映画「海峡」は東宝創立50周年記念の超大作で、名匠・森谷司郎監督のもと、高倉健、森繁久彌、三浦友和、吉永小百合、大谷直子ら豪華俳優陣が出演している。

 2時間強の映画のなかでも、「ぴゅ~」「ひゅ~」という印象的な風の音が耳に残る。岬に立つ高倉健と森繁久彌のコートやパンツが風で変形していることでも、強烈さがうかがえる。

 地質調査員という設定の主人公を演じる高倉健が荒れ狂う津軽海峡を小船で地質探査する場面は、船が遭難しやしないかと手に汗握った。

 まるで海風を体感しているかのような迫力ある映像に感嘆する一方で、過酷な撮影現場だっただろうと想像が働く。