7月下旬、中国の大学病院で診察中の医師が刃物を持った男に襲われ、殺害されるという衝撃的な事件が起きた。日本人からすると信じられない出来事だが、実は中国では、医師が患者やその家族に襲われるこうした事件が後を絶たず、「世界で最も医師が殺される国」となっている。なぜ、中国の医療現場では、医師と患者の関係がここまで悪化しているのか?中国の医療制度の深刻な現状を解説する。(日中福祉プランニング代表 王 青)
中国の病院で
医師が患者に襲われる事件が頻発
7月19日、中国浙江省温州医科大学付属第一病院で衝撃的な事件が発生した。刃物を持った男が診察中の男性医師を襲撃し、胸、首、腹部を何度も刺したのだ。病院は全力を挙げて救命を試みたが、医師の命は助からなかった。犯人は犯行後すぐに建物から飛び降りて自殺した。「医者が患者に殺害された!」というニュースが世間に衝撃を与えた一方で、「またか」という反応も少なくなかった。
日本では考えられないことだが、中国では医者と患者の間でトラブルになり、医者が暴力を受け、ケガをしたり、命を落としたりする事件が以前から頻発している。4~5年前、医者が残虐な手口で殺された二つの事件は記憶に新しい。
一つは、2019年12月24日に起きた事件だ。北京民航総医院の救急観察室で当直していた51歳の女性医師・楊文さんが、95歳の母親(患者)を持つ50代の息子にナイフで背後から首を突き刺され、殺害された。後に監視カメラの映像がSNSで拡散され、人々に衝撃を与えた。それは、血の海の中で女医が無残な姿で床に倒れている光景だった。犠牲となった楊文さんは北京大学医学部の出身で、在学中は成績優秀、勤務態度も良く、病院でも評判の医師だったという。
それから1カ月もたたない2020年1月、首都医科大学付属北京朝陽医院の眼科主任医師部長の陶勇さん(当時40歳)が診察中、自身の患者である男に包丁で後頭部、首、腕を切りつけられた。一命は取り留めたものの、両手に障害が残り、一生執刀することができなくなった。陶勇医師も北京大学医学部の出身で、海外留学・勤務などで経験を積み、多数の論文や著書を発表した、中国トップクラスの眼科医である。さらに、国内でぶどう膜炎の手術を行える唯一の医者として知られていた。「患者に寄り添い親身になってくれる優しい先生」「一日数十件の手術をこなす天才医師」などと高く評価されていた。