中国で今も続く、
医療現場の深刻な問題

 こうした深刻な社会現象を引き起こしている原因として、これまで挙げられていたのが、医療資源の不均衡、医療従事者の過重労働、医療保険の仕組みの欠陥などである。中国は経済の発展が目覚ましく、生活も豊かになったが、医療や社会保障の面ではさまざまな問題や不平等があるからだ。

 まず、地域間の深刻な格差。優秀な医師や最新設備は大都市に集中しているため、地元で大病院にかかりたい患者たちだけでなく、地方からも患者が殺到している。そのため病院内はいつも人でごった返し、大混雑している。筆者の知人の医師も「1日平均60~80人の患者を診ていて、毎日へとへとだ」といつも愚痴をこぼしていた。

 前述の中国医師勤務状況白書によると、大学付属病院などの医師は、週平均労働時間が51時間。ほぼ全員が24時間以上、半数が36時間以上連続勤務しているという。医師は長い列を成して待つ患者に追われているため、患者の話をゆっくり聞く暇がない。「待つのは3時間、診察は3分間」という具合である。

 患者からすれば、おそるおそる医師の顔色をうかがいながら診察を受けることになる。病気の説明や治療方針など、聞きたいことは山ほどあるが、大抵は医師から面倒くさそうな対応をされる。患者と医者の間に十分なコミュニケーションが取れていない状況なのだ。

 医療費の負担も大きい。中国には医療保険制度があるものの、日本の医療保険の仕組みとは異なり、患者の年齢、退職した時期、受診する病院の種類によって、自己負担率が違ってくる。また、薬や手術時の医療器具など、医療保険ではカバーできない項目が非常に多い。

 病院と医薬品業者の癒着も度々指摘されている。病院は収益を上げるため、過剰に検査を行ったり、薬を処方したりすることが常態化している。医療機関が本来の公益性を忘れて利益を追求しているのだ。

 さらに、中国人なら誰でも知っている“常識”がある。手術の時、執刀医や麻酔医、看護師など関係者にお金を包んで渡す習慣があるのだ。知人の医師によると、金額はピンキリだが、がんなど大きな手術の場合、2万元(約40万円)以上が「相場」だという。近年、国がこの悪習を厳しく取り締まるようになったが、現実には水面下でこの習慣は続いており、なくなりそうにない。

 診察時間が短く、十分な説明を受けられない、その上、お金ばかりがかかる……その挙げ句に病気が治らなかったら、その怒りを医師にぶつける。こうして、患者と医師は「険悪」な関係になるのだ。