「企業変革のジレンマ」をいかに克服するか(連載第1回)写真提供:宇田川元一氏

「イノベーションが生まれない」「利益率が低下し続けている」――多くの日本企業が長年悩む課題に、新しい企業変革論で挑み、具体的な解決策を提示する話題の書『企業変革のジレンマ―「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日本経済新聞出版、2024年)。その著者、宇田川元一・埼玉大学経済経営系大学院准教授にインタビューした。全5回の連載でお届けする。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮)

「慢性疾患」企業のための
企業変革

――本書が論じる企業変革は、これまでの研究者や経営者が多く論じてきた企業変革とは異なります。新しい視点からのもので、かつリアリティがあると思いました。なぜ、この企業変革論なのでしょうか。

 本書で使った人の疾病に例えると、類書で多い企業変革論が「急性疾患」を対象にしているのに対して、私は「慢性疾患」の状態にある企業変革の実情を研究し、著しました(図参照)。

 人の場合、高血圧や脂質異常症など慢性疾患をもっている方は少なくないと思います。慢性疾患は根治が難しく、また、自覚しにくいこともあります。加えて、セルフケアを含めた取り組みが長期にわたるのが一般的です。急性疾患への対処が一刻を争い、手術などの処置はドラマチックなのとは対象的です。

 企業の場合も同様で、事業の大失敗で大赤字が出るような経営危機に対しては、抜本的な企業変革が必要で、それが成功して業績がV字回復するというのは劇的です。結果がわかっているので、それをもとにした企業変革論は明快です。 

 一方、通り一遍の変革はしているが、「職場に活気がない」「既存事業の収益がじりじりと縮小している」「新規事業を育成しないといけないが、社員からの発案が少ない」という悩みを漠然と抱えている企業は多いと思います。

 これらを本書では、「表層的な問題」と書きました。その背後には可視化されにくい複雑な問題があります。こうした状態を企業の慢性疾患と考え、対処策としての企業変革を論じたのです。

――その変革は長期となり、数多のジレンマが生じ、実行が難しい、と書かれています。

 昨今では、パーパスやエンゲージメントといった考えにもとづく変革が展開されています。しかし、「そうした施策では何か違うような気がする。何か違和感がある」という声を企業の事業部門の方を中心によく耳にします。

 例えば、経営層は「企業のパーパスを確立し、社員一人ひとりが目的意識を持って意欲的に仕事をしてもらいたい」と考え、それを受けて人事部は「エンゲージメントサーベイで課題を洗い出し、その改善のために管理職に1on1をやるよう働きかけているが、なかなか真剣に動かない」、管理職は「部下が何十人もいて、日常業務を超えた面談は現実的に難しい」、一般社員は「業務達成で精一杯なところに、新たに個人パーパスの設定をして取り組むのは無理」、といった具合です。

 私は調査研究やアドバイザーとして、企業における各階層の人たちのお話を聞く機会が多いのですが、皆さん日常業務を懸命に遂行しながらも、それぞれのポジションで「組織の停滞した状況を打破したい」と考えています。

 強い課題意識を持つ経営者は、「何とかしなくてはいけない」と模索します。そこに、コンサルティング会社が解決策を提案すると、各部門も困っているのでそれらの経営手法を導入することを経営層に提案し、導入されることはよく見られることです。

 つまり、多くの企業が変革には取り組み、株主の要請に応えようと経営努力を続けています。結果、短期的に業績は上向きますが、長期的展望が開けたわけではない。「一連の施策に納得しているか」と問うと、そうでもない。皆さん、モヤモヤしているのです。「上から下まで真っ当な人たちが集まっていて、なぜこうなのかよくわからない」という思いが強くなりました。これが、今回の研究の出発点です。

「企業変革のジレンマ」をいかに克服するか(連載第1回)