日本経済の実像は、悲観バイアスで歪んだ ウリケ・シェーデ(Ulrike Schaede)
米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授。
日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論などが研究領域。一橋大学経済研究所、日本銀行などで研究員・客員教授を歴任。9 年以上の日本在住経験を持つ。著書にThe Business Reinvention of Japan(第37 回大平正芳記念賞受賞、日本語版:『再興 THE KAISHA』2022年、日本経済新聞出版)など。ドイツ出身。
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長年の研究を基に、「日本経済の『失われた30年』という通説は間違っている」と論じ、日本の未来に希望を見る、話題の書『シン・日本の経営』(副題「悲観バイアスを排す」、日本経済新聞出版社、2024年)。その著者、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院のウリケ・シェーデ教授にインタビューした。全5回の連載でお届けする。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮)

「失われた30年」ではなく
転換期間だった

――本書『シン・日本の経営』は、日本経済の「失われた30年」という通説は間違っている、と論じています。それを含めて多くの点で、驚きとうれしさを、日本の読者は感じるかと思います。

 30年以上にわたる日本経済と日本企業の研究に基づいて書きました。書籍では最初に2020年、The Business Reinvention of Japan(邦訳『再興 THE KAISHA』、日本経済新聞出版社)で研究成果を発表しました。原書は、主に外国人向けに書いた本です。その後の研究を盛り込んで日本人向けに著したのが、本書『シン・日本の経営』です。

 日本の「失われた30 年」という通説は、バイアスによってゆがめられています。私は米国の大学に籍を置きながら、研究のために定期的に来日していますが、その度ごとに思ったのは、日本経済に対する悲観バイアスの強さです。

 デフレ、イノベーション不全、人材の流動不足、ゾンビ企業……こうした指摘は間違ってはいないですが、その記事や論考があまりに多いため、社会に強い悲観バイアスが生じています。偏見をもって実態を見てしまい、事実が歪んでしまっていると感じました。

 もしこうした悲観論が正しかったとしたら、なぜ日本はいまだに世界の経済大国なのでしょうか。世界GDPランキングで3位、4位どころではなく、もっと順位が下がってもおかしくないはずです。

 そう考えて研究した結論が、「この30年は、停滞ではなく、転換の期間」というものです。産業構造や企業経営の転換の時代だったのです。

 本書の概要を言うと、バブル経済崩壊後しばらく落ち込んだ後、日本のリーディング企業は最先端技術を備えて、素材や部品のグローバルリーダーとして再浮上したというものです。

 パソコンの品質保証として唱えられた「インテル・インサイド」のように、「ジャパン・インサイド」の存在に転換しました。つまり、電子機器や自動車などの工業製品に不可欠な高品質の材料や部品を供給する存在として、日本の大企業は再浮上したです。

 そして、それを実現したのが、私が本書で「舞の海戦略」と呼ぶ、「技(技術)のデパートの戦略」です。

 ただし、この転換に要した時間は長かった、と言えるかもしれません。しかし、これは見方や考え方の違いによるものです。「変化の速度が遅過ぎる」というのは米国人の考え方です。一方、日本には日本なりの変化の仕方があり、それは日本人が選んだものであるということを、本書では分析しています。