分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞書評)と各氏から評価されている。今回は書き下ろし原稿を特別にお届けする。
草食動物の苦労
私たちヒトは、基本的には肉食が必要な動物である。もちろん宗教上の理由などで、植物だけを食べて生きている人もいるけれど、それには理由がある。長年にわたって栽培してきた植物の中には、マメやイモなどのように栄養価の高いものもあり、そういう植物をうまく利用すれば、植物だけを食べて生きていくこともできる。しかし、ウシのように、ほぼ草だけを食べて生きていくことは、私たちにはできないのである。
つまり、肉を食べて生きていくより、肉を食べないで生きていく方が難しいということだ。そして、そういう事情は、私たちのはるかな祖先でも同じだったようである。
私たちの祖先は魚類だった。その一部が両生類に進化して陸上に生活圏を広げたけれど、まだ水辺を完全に離れることはできなかった。水辺を完全に離れて生活できるようになったのは、有羊膜類といわれる動物が進化してからだ。有羊膜類の卵の中には、羊水で満たされた羊膜の袋があり、その中で胚を育てる。そのため、水辺を離れて、陸上に卵を産んでも、胚が乾燥しないのである。現生の生物では、哺乳類と爬虫類と鳥類が有羊膜類に分類される。
有羊膜類につながる系統が現れたのは石炭紀(約3億5900万~2億9900万年前)だが、有羊膜類の特徴をはっきりと持った動物が現れたのはペルム紀(2億9900万~2億5200万年前)である。そして、ペルム紀にもっとも繁栄した有羊膜類として、盤竜類がいる。
盤竜類を含む初期の有羊膜類は肉食性であったが、その後、植物食の盤竜類が現れる。その代表的がエダフォサウルスだ。肉食性より植物食性の進化が遅れたのは、前述したように、肉を消化するより植物を消化する方が難しいからと考えられる。
動物はセルロースを分解できない
動物は、植物のセルロースを分解することができないため、腸内に細菌を共生させて、セルロースを分解してもらわなくてはならない(人間もそうだ)。
しかも、腸内細菌が活動できる温度は限られているので、何らかの体温調節機能も必要になる。さらに、植物は栄養価が低いので大量に食べなくてはならず、巨大な腹部も必要になるだろう。そのため、体を大きくしなければならなかったかもしれない。体が大きければ、体温も変化しにくくなる。実際、エダフォサウルスの体長は3メートルほどとかなり大きいし、他の植物食性の動物にも体の大きいものが多かった。
しかも、エダフォサウルスが生きていた時代は、植物食の動物にとって、現在よりもさらに厳しい時代だった。今なら花の蜜や果実など、栄養価の高いものを植物が作ってくれるけれど、そういうものを作ってくれるのはきれいな花を咲かせたりする被子植物だけだ。そして、当時はまだ被子植物が進化していなかったのだ。
さらにいえば、当時の森林では、ほとんどの葉は樹冠、つまり森林の最上層部にあって、食べることができなかった。たとえ葉が地面に落ちても、菌類などによってすみやかに分解されてしまう。そのため、当時の森林では、有羊膜類が植物を食べること自体が難しかった可能性がある。
現在の哺乳類では、肉食動物の個体数より植物食動物の個体数の方が多いので、つい植物食が進化するのは簡単な気がするけれど、そんなことはない。現在、さまざまな植物食動物が繁栄しているのは、進化によって植物を食べるための精緻なシステムが作られた結果なのである。
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)
更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授、東京大学大学院非常勤講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、6万部突破のロングセラー『
若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
くつろいで受けられる生物学講義――著者より
ある農家に怠け者の男がいた。男は働くのが面倒でたまらないので、自分の代わりに田畑で働いてくれるロボットを作った。
ところが、ひと月経つと、ロボットは壊れてしまった。仕方なく、男はまたロボットを作った。ところが、そのロボットも、ひと月経つと壊れてしまった。
そこで男は、新型のロボットを作った。新型のロボットは、田畑で働くだけでなく、ひと月経つと新しいロボットを作って、それから壊れた。だから、男は、一日中家で寝ていられた。
そんな折、男は作られるロボットが、少しずつ違うことに気がついた。
たとえば、性能が1のロボットが作ったロボットの性能は、1.1になることも0.9になることもあった。しかしロボットの性能が、急激に変化することはなかった。
そのうちに、たまたまロボットを2体作るロボットができてしまった。ところが、男の家には、ロボットを動かす燃料は1体分しかない。
ロボットは、毎日農作業が終わって家に戻ると、燃料タンクから自分で燃料を入れることになっていた。そのため、農作業が早く終わったロボットが、先に家に戻って燃料を入れてしまう。すると、もう1体のロボットは燃料を入れることができない。そのため、燃料切れになったロボットは、家の隅に転がったままになった。
そんなことが繰り返されていくうちに、ロボットの農作業はものすごく速くなった。生き残るのは、いつも性能が高いロボットだけだからだ。仮に、毎月性能が1.1倍になったとすれば、4年で、ほぼ100倍になる。ロボットは、急速に変化していき、もはや怠け者の男にはコントロールできないものになってしまった。
ついにロボットは、自分で燃料を採掘するようになり、とうとう地球を支配するにいたった。もはや人間の姿は、どこにも見当たらなかった。
以上の話は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の中に書いた話(の一部)である。ロボットが2体ずつ作られて、そのうちの1体だけが生き残るなら、そのときの状況に適応している方が生き残ることになる。これは自然選択と呼ばれる現象で、ダーウィンが進化のメカニズムとして見つけたものだ。
この話では、自然選択が働き始めたときに、ロボットの急速な変化が始まった。それは、もう元には戻れないような、根本的な変化であった。この瞬間にロボットは生物になったのだと、私は思う。
これまでは、生物とはどういうものかを考えるときに、物質的な側面から考えることが多かった。たとえば、地球の生物の体のなかでは、いつも物質やエネルギーが流れている。この流れを代謝というが、これを生物の定義の一つとすることが多い。
しかし、宇宙にはどんな生物がいるかわからない。たとえば、ロボットの体の中には、いつも物質やエネルギーが流れているわけではない。スイッチを切って寝ていれば、物質もエネルギーも流れない。それでも、宇宙のどこかに、さっきの話のようなロボットがいたら、それは生物と言ってもよいかもしれない。地球の常識から言えば、金属でできたロボットは生物ではないけれど、それは宇宙の常識とは違うのではないだろうか。
もしも、宇宙全体で生物を定義できるものがあるかどうかわからないが、もしあるとすれば、それは「自然選択」だろう。どんな形をしていようが、どんな物質でできていようが、どんな振る舞いをしようが、とにかく自然選択によって作られたものが生物なのではないだろうか。生物は自然選択によって、周囲の環境に適するようになったものだ。つまり、その環境の中で、なかなか消滅しないようになったものだ。つまり、生き続けるようになったものなのだ。
だから、本来生物は、生きるために生きているのであって、生きる以上の目的はないのだろう。生きるために大切なことはあっても、生きるよりも大切なことはないのだろう。まあ、生きていれば、それだけで立派なものなのだ。
『若い読者に贈る美しい生物学講義』では、従来の生物の見方に収まらない話も盛り込んでみた。
内容を簡単に紹介すると、まず生物とは何かについて考える。その中で、科学とは何かについても考えていく。生物学も科学なので、その限界を理解しておくことが大切だからだ。それから実際の生物、たとえば動物や植物などの話をしてから、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性について述べる。最後に身近な話題、たとえばがんやお酒を飲むとどうなるかについて話をする。「講義」という言葉が入っているが、くつろいで受けられる講義にしたつもりである。
楽しんでもらえると、よいのだけれど。
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きっと、どんなことにも美しさはある。そして美しさを見つけられれば、そのことに興味を持つようになり、その人が見る世界は前より美しくなるはずだ。きっと生物学だって、(もちろん他の分野だって)美しい学問だ。そして、この本は生物学の本だ。もしも、この本を読んでいるあいだだけでも(できれば読んだあとも)、生物学を美しいと思い、生物学に興味を持ち、そしてあなたの人生がほんの少しでも豊かになれば、それに勝る喜びはない。(本書の「おわりに」より)