分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞書評)と各氏から評価されている。今回は書き下ろし原稿を特別にお届けする。

“死なない生物”の代表だった「細菌」にも寿命が発見…私たちは、生きている限り「死」からは逃れられないのか?Photo: Adobe Stock

私たちの寿命と死なない生物

 私たちには寿命があって、かならず死ななければならない。それはいかんともし難い事実だが、生物全体を見渡したときには、かすかな慰めも存在していた。

 たしかに、私たちには寿命があるけれど、寿命のない生物も存在する。死なない生物も存在する。そう思われていたからだ。そして、その死なない生物の代表が細菌だった

 ところが、近年、その雲行きが怪しくなってきたのである。

老化とは何か

 じつは老化という現象は、進化によって生じたと考えられている。それを説明するために、まずは老化というものが存在せず、永遠の若さを保っている生物の集団を想像考してみよう。

 その集団の個体は、生殖年齢(たとえば16歳)に達すると子どもを産み始め、その後はいくつになっても子どもを産むことができる。寿命というものはない。ただし、不慮の事故で死ぬことはある。そんな集団だ。

 事故に遭う確率を一定とすれば、その集団に属する個体の毎年の死亡率は、年齢にかかわらず一定になる。

 たとえば20歳の個体の一年間の死亡率が1パーセントだとすれば、100歳の個体の死亡率も1パーセントになる。死亡率は年齢とともに増えていかないのだ。ただし、年齢が上がるにつれて、生きている個体数は減っていく。毎年、事故のせいで、一定の割合の個体が死んでいくからである。

 ここで、この集団にときどき有害な突然変異が起こる場合を考える。

 すると、生殖年齢に達する前に有害な効果が発症する突然変異は、ほとんど集団に蓄積していかない。生殖年齢に達する前に死んだり生殖能力が損なわれたりすれば、その突然変異は次世代に伝わらないからだ。

 一方、生殖年齢に達した後で発症する突然変異は、次世代に伝わる可能性が高い。有害な効果が発症する前に、すでに子が生まれているので、その子に有害な突然変異が受け継がれている可能性があるからだ。

 その結果、この集団では年齢が高くなるほど有害な効果がたくさん発症するようになり、永遠の若さは急速に失われていく。その結果、老化や寿命が進化していくことになる

「単細胞生物に寿命はない」が定説だった

 ところで、このような老化や寿命は、単細胞生物より多細胞生物で進化しやすい。多細胞生物の細胞は、次の世代に伝えられる生殖細胞(精子や卵など)と、次の世代には伝えられないが実際に生命活動を行う体細胞という2つの種類に分けられる。

 生殖細胞で発症する有害な突然変異は、次の世代に引き継がれにくい。生殖細胞に不具合が生じたり死んだりすれば、その突然変異は次世代に伝わらないからだ。

 一方、体細胞で発症する有害な突然変異は(生殖細胞のゲノムを通じて)次の世代に引き継がれる可能性が高い。そのため、生殖細胞と体細胞が分かれている生物では、老化や寿命が進化しやすいと考えられる。

 それに対して単細胞生物は、体細胞がなくて生殖細胞しかない生物と考えることもできるので、老化や寿命が進化しにくいのである。

 実際、これまでは、単細胞生物である細菌には寿命がないと考えられていた。細菌は無限に細胞分裂を繰り返しながら、永遠に生きていくと思われていたのである。

 しかし、近年、細菌にも老化や寿命があるらしいことがわかってきた。寿命が発見されたのは大腸菌という細菌である。

 大腸菌が2つの娘細胞に分裂すると、片方の娘細胞だけに封入体と呼ばれる異常なタンパク質の集合体が見られる。封入体がある娘細胞がさらに2つの孫細胞に分裂すると、片方の孫細胞の封入体はそのままだが、もう片方の孫細胞の封入体は増加する。分裂を繰り返してある程度封入体が蓄積すると、大腸菌は死んで溶解してしまうのである。

 まだ詳しいことはわかっていないのだが、調べた大腸菌に寿命があることは確かなようだ。現時点では、すべての細菌に寿命があるのかどうかはわかっていないが、もしそうだとすると、すべての生物には寿命があるのかもしれない。

 生きている限り、死からは逃れられないのだろうか。

(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)