無形の「知識」の獲得が目的のため、摘発が困難とされる中国人スパイ。かつてのような工作員の外交官への偽装がなくなったことで、背後に潜んでいる大きな組織を見えにくくさせた不気味な「千粒の砂」戦略に追った。本稿は、上田篤盛・稲村 悠『カウンターインテリジェンス 防諜論』(育鵬社)の一部を抜粋・編集したものです。
中国の軍関係者が
防衛省元技官に接近?
中国の諜報活動は、その国家的関与が強く疑われながらも明確に立証されない、むしろ明確に立証させない巧妙さが特徴だ。
2000年2月、防衛庁(現防衛省)の元技官が、潜水艦の船体に使われる特殊鋼材「高張力鋼」に関する資料を持ち出し、元技官の知人である埼玉県の食品輸入業者に渡していた。
この業者は、在日中国大使館の武官らと密接なつながりがあり、中国国家当局との緊密な関係性が窺えたとされる。また元技官は、この知人に誘われて現職中に中国への渡航を約30回も行っていたことが判明している。
この事件は警視庁公安部が2007年2月、窃盗容疑で元技官を書類送検したが、背景には深刻な事情があることが明らかになってきた。
元技官は、「中国政府関係者だと思った」と供述。その中国人は、中国軍人民解放軍等軍事関係者だった可能性がある。(中略)
業者の自宅を捜索したところ、潜水艦に使うゴム材の資料が見つかり、別の元技官が「自分の研究内容を書き直して業者に渡した」と認めた。その業者も「中国に渡航して、資料の大半を軍関係者に渡した」と話していた。
業者の自宅には、防衛庁が進める装備近代化に関する資料も残されていた。資料には最近の研究テーマや目的、予算額などが書かれていた。2人以外にも、中国のスパイになった人物がいた可能性があるということだ。(北村滋『経済安全保障異形の大国、中国を直視せよ』中央公論新社、2022年)