「会社ごと全部買ってくれ」
国内外を駆けずり回る日々

 ケネディクスの株価が大幅に下落していたのは、確かに事実ではあった。40万円ぐらいだったピーク時の株価が、このリーマン・ショック後には5万円程度と8分の1まで下がっていた。

 やれることはすべてやるしかないというのが、当時の状況だった。

 ひたすらやり続けたが、それでも金が足りなかった。金がなければ会社が持たないので、必死に駆けずり回った。

「もうこうなったら、うちの会社ごと全部買ってくれ。それがダメなら出資でいい。とにかく助けてほしい」

 こう言いながらプライベート・エクイティ・ファンド30社以上、さらに大和ハウス工業など国内の不動産会社10社以上を回った。しかしすべてダメだった。それならば次は海外と、シンガポールからマレーシア、香港を経由してオーストラリアの不動産会社や不動産ファンドにアプローチした。行きも帰りも夜行便、1泊3日という強行スケジュールを何度も繰り返した。

「日本からそんな強行軍で大変ですね」と同情はしてくれるものの、結局みんな自分のことで精いっぱいだった。人を助ける余裕は世界のどこに行ってもないのだと実感した。