ところが、衝撃は続く。

 ファイターズはキャンプ直前の1月23日、4年連続で打率3割をクリアし、ゴールデン・グラブ賞を獲得していた外野手の糸井嘉男を、同一リーグのバファローズへトレードで放出したのである。鶴岡は言った。

「あれは当時の選手にとっては一番の激震でした。翔平が入ってくるからって、超のつくスーパースターを出すんですよ。そこは普通、結びつけて考えるでしょう。少なくとも選手たちはそう思っていました」

 しかし、である。

 バッターとして起用するために糸井を放出してまでライトのポジションを空けるなんて、いったいどれほどのルーキーなのかという懐疑的な空気を一変させたのは、他ならぬ大谷自身だった。

ピッチャーとしての凄さは
ダルビッシュのほうが上だった

 鶴岡が続ける。

「名護のキャンプに入って、中盤くらいだったかな。練習の一環としてある日、二軍の国頭へ行ったんです。そこで初めて翔平のバッティング練習をナマで見たんですけど、『……なんだ、これは』と衝撃を受けました」