すべての派閥に嫌われた…高市早苗の政調会長時代「お前は何様だ!」ブチギレる重鎮に返した、直球すぎる言葉とは?《再配信》Photo by Wataru Mukai

自民党総裁選の決選投票で石破茂新総裁に僅差で敗れた高市早苗氏への独占インタビュー私は、すべての派閥から嫌われてしまいました――。意外な告白から明らかとなった派閥の論理より優先した信念とは。初当選時に政党や派閥の強大な力に辛酸をなめた過去を語った。インタビューは理想の総裁選の在り方にも話が及んだ。ダイヤモンド・オンラインで2024年8月27日に配信された記事を再配信する。(構成/梶原麻衣子)

自民党職員だった弟が解雇…
“派閥の力”に辛酸をなめた過去

――高市さんの初当選当時は中選挙区制度でした。

 初当選は平成5年、32歳のときでした。

 実は前年の参議院選挙前に、自民党の選挙対策を取り仕切っておられた野中広務先生から党本部に呼ばれ、「奈良県選挙区の候補者がいないので、自民党公認候補として出馬して欲しい」と言われました。迷うことなく「お引き受けします」と申し上げ、東京で続けていたすべての仕事を整理して、奈良県に帰りました。

 ところが急に平成研(旧竹下派)の閣僚経験者だった大物議員のご子息が奈良県選挙区から出たいという話が浮上し、私の党公認はペンディングになってしまいました。

 一応、民主的な手続きとして、私とその方が、自民党奈良県連の役員会で演説をし、役員の投票によって候補者を選出するという予備選挙方式になりましたが、相手には御父上の人脈や派閥のバックアップがありました。

 相手は奈良県連役員の名簿を持っておられるので、全役員のご自宅を、菓子折りを持って訪問されたそうです。一方、私は役員名簿を持っていないので挨拶もできません。私の事務所には、県連役員から「高市からは電話1本ない」とお叱りの電話が相次ぎました。

 当然の結果ですが、県連役員会の投票では敗北。しかし、不公平な予備選挙に不満を持った私は無所属で出馬し、次点で落選。当時、自民党本部職員だった弟は、当選した議員からの抗議により、上司から自主的に辞職願を出すよう促されました。事実上の解雇です。弟は、姉が無所属で立候補していても、党広報本部の職員として自民党勝利のために懸命に働いていましたので、私が最も悔しかった出来事でした。