「天才になりたければ、コンフォートゾーンを抜け出せ」。
そう語るのは、インプットの最強技法と意識改革をまとめ、大手書店でベストセラーランキング上位にランクインしている書籍『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信氏。
菅付氏は坂本龍一や篠山紀信などの天才たちと数々の仕事をこなし、下北沢B&Bでの<編集スパルタ塾>、渋谷パルコの<東京芸術中学>、博報堂の<スパルタ塾・オブ・クリエイティビティ>や東北芸術工科大学でクリエイティヴについて教えている。
本連載ではその菅付氏に、クリエイティヴの本質についてさまざまな角度から語っていただく。第4回は、彼が「常に努力をして、悔しさを抱き続けろ」と世のクリエイターたちにメッセージを送る理由について。(聞き手、文/ミアキス・梶塚美帆、構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

成功した後も努力を続けている人は非常に少ないPhoto: Adobe Stock

クリエイターは常に競争している

 今年の夏はパリ・オリンピックがありました。

 スポーツ選手は大会や試合ではっきりと勝負の結果が出ます。金メダルを取った選手以外は全員悔しい思いをしているはずです。一流であり続けるためには、そういう環境にいることが大事です。

 もしあなたがプロとしてお金をもらっているクリエイターであれば、はっきりとした勝負の結果が出ないとしても、競争の中にいるという意味では同じです。

 資本主義社会の中で、ほとんどの仕事は替えが利きます。クライアントは、最初に依頼したAさんがダメだと思ったら、次はBさんに仕事を発注しますよね。

 このように、実は苛烈な競争をしているのです。

努力を続けるためには悔しさが必要

 競争で勝てるようになるには、努力を続けることが必要です。では、努力を続けるためにはどうしたらいいかというと、悔しさを抱き続けることが最も重要です。

 人は現状に満足し、今のままで幸せだ感じると努力をしなくなります。

 コンフォートゾーン、つまり、楽な環境に身を置き、ストレスのない生活を送っていると、上を目指そうとしなくなります。競争がないと学ぼうとしなくなる。一時はコンフォートゾーンにいたとしても「このままじゃダメだ!」と抜け出すべきなのです。

 学生であっても同じです。前回の記事で、僕は脱落者の多いスパルタな授業をやっているとお伝えしました。スパルタである理由は、彼らにいい悔しさを与えるためです。

 人は悲しいかな、悔しさがないと一生懸命学ぼうとしません。モチベーションが低い自分や、自発的に学ぼうとしない自分は恥ずかしいのだ、という意識がないと伸びません。

「自分よりも上のやつがいる」「新しいことにチャレンジするやつがいる」と知り、悔しさを抱き、競争していることを自覚する。

 これが一流であり続けるために必要なことです。

成功したあとも
努力を続けられる人が天才になる

 なぜ僕たちは「努力をしなくても簡単に成功できる」と思いがちなのでしょうか? それには歴史的な背景があります。

 20世紀後半頃から電波のマスメディアが急速に発達しました。そして僕たちは、クリエイティヴなヒットを出して成功する若者をたくさん見て育ちました。古くは、音楽なら60年代のビートルズ、ポップアートならアンディ・ウォーホルなどがそうです。そういった例は今でもたくさんあります。

 それで現代の人たちは、簡単にクリエイティヴなものを作って成功できるという幻想を抱くわけです。

 ところが、成功したあとも努力を続けなければ、第一線にはいられません。

 たとえば、ビートルズはデビュー当時、まったく楽譜が読めず、楽器の演奏もかなり下手だったと言われています。しかし、主に作曲を手がけたポール・マッカートニーは貪欲に多くの音楽ジャンルを聴きまくり、担当のベースだけでなく、ギター、キーボード、ドラムにトランペットまで演奏できる腕を磨き、かなり高度なヘッドアレンジ(口頭で編曲を指示すること)ができる能力を身につけています。

 いま日本ではヒップホップがブームですね。僕もヒップホップの文化が昔から大好きです。日本に初めてNYからヒップホップのチームが来日したイベント(1983年)にも行っていますし、ヒップホップ黎明期はそれらのレコードを熱心に買い漁りました。

 でも、ヒップホップでヒットを飛ばした人のほとんどは、一発屋に終わります。残っている人もいるけれど、とても少ない。それはなぜか?

 成功した後も努力を続けている人が、非常に少ないからです。

 ヒップホップの「楽器の演奏ができなくてもいいよ、譜面も書けなくていいよ」という敷居の低さは、ある意味で革命的に新しいことでした。しかし、ヒットを飛ばしたそのミュージシャンがレベルの高い音楽活動を長く維持するためにはまた別の努力が必要で、それができている人とできていない人がいるのです。

 結局、人は簡単にクリエイティヴにならないし、簡単にクリエイティヴになったつもりの人の多くは、長くそれを維持できません。

 いかにして努力を維持するかが大きな主題になるのです。

(本記事は『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信への特別インタビューをまとめたものです)

菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)
編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役
1964年宮崎県生まれ。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、現在は編集から内外クライアントのコンサルティングを手がける。写真集では篠山紀信、森山大道、上田義彦、マーク・ボスウィック、エレナ・ヤムチュック等を編集。坂本龍一のレーベル「コモンズ」のウェブや彼のコンサート・パンフの編集も。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務め、編集・出版した片山真理写真集『GIFT』は木村伊兵衛写真賞を受賞。著書に『はじめての編集』『物欲なき世界』等。教育関連では多摩美術大学の非常勤講師を4年務め、2022年より東北芸術工科大学教授。1年生600人の必修「総合芸術概論」等の講義を持つ。下北沢B&Bにてプロ向けゼミ<編集スパルタ塾>、渋谷パルコにて中学生向けのアートスクール<東京芸術中学>を主宰。2024年4月から博報堂の教育機関「UNIVERSITY of CREATIVITY」と<スパルタ塾・オブ・クリエイティビティ>を共同主宰。NYADC賞銀賞、D&AD賞受賞。