美術大学やプロ向けのゼミナールで、多くの本を読ませる今どき珍しいスパルタな授業がある。
担当しているのは、インプットの最強技法と意識改革をまとめ、大手書店でベストセラーランキング上位にランクインしている書籍『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信氏。
菅付氏は坂本龍一や篠山紀信などの天才たちと数々の仕事をこなし、下北沢B&Bでの<編集スパルタ塾>、渋谷パルコの<東京芸術中学>、博報堂の<スパルタ塾・オブ・クリエイティビティ>や東北芸術工科大学でクリエイティヴについて教えている。
本連載ではその菅付氏に、クリエイティヴの本質についてさまざまな角度から語っていただく。第3回は、彼が授業において「厳しい課題を出し続ける理由」について。(聞き手、文/ミアキス・梶塚美帆、構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
1年間で100冊の本を読む
僕は美術大学で講師や教授をつとめています。
僕の授業はスパルタ方式です。授業の難易度が高く、課題も多いので、脱落する生徒もある程度います。
たとえば、多摩美術大学で行った授業では、徹底的に本を読ませることに主眼を置いていました。1年で100冊の本を読ませて、すべての書評を書くという課題を出していました。だいたい3日に1冊のペースですね。本のセレクトも、高階秀爾『20世紀美術』(ちくま学芸文庫)、芥川也寸志『音楽の基礎』(岩波新書)など、どれも易しい本ではありません。
また大学の別の授業では、このような課題も出しています。
「アップルの故スティーブ・ジョブズやコム・デ・ギャルソンの川久保玲に関する本を読み、学んだことをレポートとしてまとめなさい。そして、彼らに近いことを21世紀になってから始めている人たちの具体的な例を出しなさい」。
この課題は、まず「スティーブ・ジョブズや川久保玲が何を考えていたか」がわからないと「彼らに近いことを21世紀になってから始めている人たち」にたどり着けません。
こなすのが難しい課題だと思います。一夜漬けではとても無理ですし、かなり能動的に調べる必要があります。
授業や課題でやることのほとんどは読書なのに、内容はハードです。
クリエイティヴな世界への
甘い幻想を払拭したい
なぜ厳しめの、スパルタな授業をやっているのか? それはクリエイティヴな世界への甘い幻想を払拭したいからです。
僕は、誰もがクリエイティヴィティを持っていると思いますが、一方で誰もが第一線のプロになれるわけでもないと考えています。
それは、スポーツのアスリートの世界と同じですよね。多くの子どもたちはスポーツ選手に憧れて、プロのアスリートを目指そうと思いますが、残念ながら、彼らのすべてがプロになれるわけではありません。
では、プロとアマの違いはなにか? それは日々のトレーニング量の違いが決定的にあると思います。そしてそれは、クリエイティヴの世界も同じです。
でも一方でクリエイティヴの世界では、よくこういう言い方がされます。「この人は生まれつきの天才だから」と。
それは僕に言わせると、才能ある人への逆差別的な言葉です。たとえば「生まれつきオーケストラの曲が書ける」人とか「生まれつき斬新なグラフィック・デザインができる」人がいたりするでしょうか?
天才と呼ばれる人の、人に見せない圧倒的なトレーニング量を見ないようにして、それらのトレーニングを諦めた自分への慰めも込めて、一般の人はある種の圧倒的な才能を「生まれつきの天才」と呼んでいるのだと思います。
しかし今までに約2000人の内外のクリエイターと仕事をしてきた僕は確信を持って思うのです。「生まれつきの天才」はいないと。
では生まれつきでないのだとしたら、天才を生むのは何か?
努力だけです。
ただし、無駄な努力もあります。だからこそ、無駄でない努力を解き明かすことが大切なのです。
(本記事は『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信への特別インタビューをまとめたものです)
編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役
1964年宮崎県生まれ。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、現在は編集から内外クライアントのコンサルティングを手がける。写真集では篠山紀信、森山大道、上田義彦、マーク・ボスウィック、エレナ・ヤムチュック等を編集。坂本龍一のレーベル「コモンズ」のウェブや彼のコンサート・パンフの編集も。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務め、編集・出版した片山真理写真集『GIFT』は木村伊兵衛写真賞を受賞。著書に『はじめての編集』『物欲なき世界』等。教育関連では多摩美術大学の非常勤講師を4年務め、2022年より東北芸術工科大学教授。1年生600人の必修「総合芸術概論」等の講義を持つ。下北沢B&Bにてプロ向けゼミ<編集スパルタ塾>、渋谷パルコにて中学生向けのアートスクール<東京芸術中学>を主宰。2024年4月から博報堂の教育機関「UNIVERSITY of CREATIVITY」と<スパルタ塾・オブ・クリエイティビティ>を共同主宰。NYADC賞銀賞、D&AD賞受賞。