スティーブ・ジョブズは
採用できない

 大手生命保険会社で採用担当者を務めていた頃、若手社員A君から、こう言われたことがありました。

「実家が商売をしていて、将来は自分も何か事業を立ち上げて成功したいんです」

 いわく、憧れはアップル創業者のスティーブ・ジョブズで、彼はジョブズの魅力や実績についてことあるごとに熱弁をふるっていました。しかし私は、夢中になって語る彼に対して、根本的なところでの思い違いを指摘せざるを得ませんでした。

「君がもし、ジョブズのように突出した才能や個性の持ち主であれば、今のようにこの会社で毎日働くことはできないはずだ。そもそもそんな才能を持った人材であれば、おそらく私は採用していない(採用できない)し、仮に入社したとしても長くは続かないだろう」と述べました。

 先述の通り、「部下や同僚として一緒に働ける人」ではないからです。また、ジョブズ自身も「こんな組織では働けない」と途中で辞退するでしょう。実際に私は似たような体験を採用責任者の時に味わったことがあります。

 若手社員A君は、社内の仲間として一緒に働きたいと認められたからこそ、入社できたのであり、規格外の能力や個性があれば、採用されていなかった可能性が高い。それならば、組織内で力量を発揮できると評価されたA君の長所を伸ばした方が、いいのではないか。

「魅力ある個性や突出した能力と幸せな仕事人生との相関関係は必ずしも高くはない。ひよっとすると、あなた(A君)の方が良いポジションにいるかもしれない」と話すと、A君は複雑な表情をしていました。

 才能や個性に憧れるのは素晴らしいことです。しかし、そのせいで自身のストロングポイントを見失うのは得策ではありません。現在の自分の持ち味や長所を自覚させ、さらなる成長を促すことも、人材マネジメントにおいては重要な気がするのです。

(構成/フリーライター 友清 哲)