複線型キャリアで、将来のキャリアを豊かにする

「異動」は、ビジネスパーソンにとっての大きな「転機」です。転機の「機」は機会の「機」であるとともに、危機の「機」でもあり、どちらに転ぶかはまさに本人次第です。

 たとえ、「不本意な異動」であっても、新たな仕事を行うことを通じて、新たな学びがあり、新たなスキルや人脈を身につけることができます。

「不本意な異動」を、「自分の得意分野でないから」「やりたいことでないから」という一面的な理由でネガティブに捉えてしまうことは、チャンスをみすみす放棄するようなものです。気持ちを切らさずに、自身を謙虚に振り返ったうえで、「不本意な異動」を、スプリングボードとして活用しようとする前向きな意識と行動が、キャリアを豊かなものとしてくれると私は思います。新たな職場環境で、周囲が予想しないような成果をあげることによって、キャリアアップにつながる可能性もあります。

 社外への人事異動である「出向」も大きなチャンスと言えます。一昔前は、「出向」は片道切符的な色合いが強いものでしたが、昨今は、組織が外部視点の重要性に気づいてきています。出向など、社外での仕事経験を管理職昇進の条件にしようとする企業も出てきています。また、出向先で成果をあげ、本社の役員や社長として返り咲いた例を耳にすることもあります。

 昇進や出世を抜きにしても、出向先で異なる視点やスキルを持った人たちと協業することで、多くの学びを得られます。同じ企業、同じ部門で働いていると、どうしても、他者と同質の考えになりがちです。異質のなかで、(いい意味で)ぶつかりあってこそ、ユニークなアイデアも生まれ、個人の成長につながるものです。出向は、自身のビジネススキルの質と幅も広げる絶好の機会になり得ます。将来のキャリアにつながる「弱い紐帯」(緩やかなつながり)を増やすこともできるでしょう。私自身、30代に経済団体、40代に親会社、50代に子会社と合計3回の出向を経験しており、カルチャーの違いや、環境の変化に戸惑いながらも、そこで学んだ経験や人脈は、いま、かけがえのない財産となっています。

 出向も含めた「不本意な異動」や異なる職種への異動こそ、スキルを複線化する絶好のチャンスなのです。これは、若手のみならず、ミドル層やシニア層といったすべての年齢層に言えることです。

 会社にキャリア形成を委ねる時代は終わっており、現在は、自らが意味づけをして、自らがレールを敷いて走ることが求められる時代です。そうしたなか、異動や出向は、会社が用意してくれる、貴重な成長の機会と考えることもできます。自身が描くキャリアプランからは、回り道になることもあるかもしれません。しかし、回り道での真摯な取り組みが、将来のキャリアの布石となることがあります。

 チャンスは、しばしば、ピンチの姿をして、あらわれます。両者はコインの裏表であって、行動次第で裏側に隠れていたチャンスが表に出てくることがあります。「不本意な異動」のようなピンチだと感じる出来事に直面しても、近視眼的にならず、冒頭の5つの姿勢(好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心)を心がけて、前向きに行動することで、単線だったキャリアが複線の「パラレルキャリア」となり、新たな縁や運がめぐってきます。