「静かな退職」に「寝そべり主義」…「がんばらない」生き方にこだわる若者たちの胸の内写真はイメージです Photo:PIXTA

世界的な政治経済の状況悪化やコロナ禍などにより、人々の幸せの価値観は大きく揺さぶられた。生き方を模索する若者達の間では、「必要以上に働かない」「いかにラクして効率的に結果を出すか」といった引き算志向がトレンド化しているという。本稿は、真鍋 厚『人生は心の持ち方で変えられる?〈自己啓発文化〉の深層を解く』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

わずか17秒の動画が“震源地”
Z世代に支持された「静かな退職」

 新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)で、テレワークが急速に普及し、ウェブ会議システムも爆発的に拡大した。この時期に働き方を含めた生き方について立ち止まって考えた人は多いはずだ。

 アメリカでは、2022年の夏頃から「静かな退職」(Quiet Quitting)という言葉がソーシャルメディアを賑わせるようになった。震源地は、ニューヨーク在住のエンジニアであるザイド・カーンがTikTokに投稿したわずか17秒の動画だった。

「仕事はあなたの人生ではない:あなたの価値は、生産性の高さによって決まるものではない」といったメッセージが添えられたこの動画は、瞬く間に拡散され、Z世代を中心に多くの共感を集めることとなった。

「静かな退職」とは、「必要以上に働かないこと」を意味する。カーンはメディアの取材に対して「会社に必要以上に貢献しても、数年後にはその努力は忘れ去られるだろう。自分の生活や趣味を優先し、大切なものをもっと育てることに意識をシフトしてはどうか」などと応じた。

 コロナ禍以降、残業時間が多くなっているにもかかわらず評価や報酬が得られないことに反発する労働者が増えたことなどが背景要因に挙げられている。

反骨精神が生んだ「寝そべり族」
あえて勝ち組を目指さない若者たち

 2021年以降、中国で広がった「寝そべり族」「寝そべり主義」は、「静かな退職」よりも急進的だ。競争社会に対する強い反発が根底にあり、家や車を買わず、結婚・出産を断念し、労働時間を最小限にするライフスタイルを奨励している。

 2021年4月にネット掲示板に投稿された「寝そべりは正義だ」という文章が拡散されたことがきっかけだった。投稿者は、2年間以上働いていないが何の問題もないとし、若者に対する収入や結婚などの社会的圧力は伝統的な考え方であると主張した。

 ここでも仕事のために自分の人生を犠牲にすることを厭わないハードワークが忌避され、親世代が抱いていた野心から背を向けている。

 AFPは、「もっとリラックスした生活がしたいだけ。寝そべりは、ただ死ぬのを待つことではありません。仕事はするけど、無理はしないということです」「若者たちは、車やマンションを買い、結婚して子どもを持つという『人生の勝ち組』になれません。だから目標を下げて、欲求を減らすことを選ぶのです」という若者の声を紹介している。