仕事でも勉強でも、トレーニングでもダイエットでも、最も重要なポイントは「それを続けられるか?」だ。ビジネスや医療でも、顧客に継続的にサービスを受けてもらえるか? 服薬や節制を続けられるか? は大きな課題となっている。そんな「継続と習慣化」の問題を専門とし、成長を続けるスタートアップがある。独自開発した習慣化プラットフォーム「Smart Habit」を展開する株式会社WizWeだ。同社は多くの企業・サービスの裏側で顧客の「継続と習慣化」をサポートし、サブスク全盛時代の黒子として無視できない存在になりつつある。
その代表である森谷幸平氏に、同社が蓄積してきた「継続と習慣化」にかんする知見の一部を紹介してもらった。
「習慣化の社会実装」を目指すスタートアップ
こんにちは! 森谷 幸平(もりたに こうへい)と申します。三重県の片田舎に育ち、18歳で上京、大学で社会学に出会い、米国オハイオ大学の大学院にて、「時間の使い方と人生の物語、そしてアイデンティティ形成」の研究をした後に、ビジネスの世界に入りました。
さまざまな経験を経て、教育(Education)とテクノロジー(Technology)をかけあわせたEdTechスタートアップを創業。その会社は現在、「習慣化の社会実装」を目指す株式会社WizWeと姿を変え、サントリーさま、エムスリーさま、明治安田さまといった大手企業にも高く評価していただき、未病・予防を中心としたヘルスケアや、月額課金サービスの継続期間の最大化(いわゆるLTV=ライフタイムバリューの最大化)の観点でのサポートを行なうようになりました。
「継続と習慣化」の企業としてここまで成長できた要因の1つが、創業初期に設立したWizWe習慣化研究所の存在です。同研究所は、「行動」の習慣化に特化している研究機関です。社会心理学博士が主任研究員としてフルタイムで勤務し、行動科学、ヘルスコミュニケーション、人間対話、会話AIエージェントなどを研究する研究者が客員研究員として所属しています。論文も毎年発表しています。弊社WizWeの事業の中でも重要な役割を果たしており、お客様の多くを占める大手企業も、研究所の分析を食い入るように聞かれています。
今回、ダイヤモンド・オンラインでの自社事業を紹介する機会をいただいたので、WizWe習慣化研究所が突き止めた「継続と習慣化」の秘訣を紹介させていただきます。全2回の記事のうち、今回は研究所のご紹介と、「継続と習慣化」において最も重要な1つのポイントについて解説します。また次回は、「研究で明らかになった離脱と継続の12大因子」をご紹介する予定です
習慣化研究所の理論的な背景について
WizWe習慣化研究所の大きな基盤は、「社会心理学」と「行動変容ステージモデル」です。また、行動経済学のナッジについても2020年頃から専門家に伴走してもらい、積極的に取り入れています。つまり、
「社会心理学」×「行動変容ステージモデル」×「行動経済学」
が「継続と習慣化」の理論の背骨となるということです(このうち、「行動変容ステージモデル」については馴染の無い方が多いと思います。これは日本における健康増進推進のために取り入れられたモデルで、厚労省のe-ヘルスネットの記事でも紹介されています)。
ちなみに、私が研究所を設立した哲学的源流には、大学院の時に研究していた「時間の使い方と人生の物語、そしてアイデンティティ形成」があるのですが、近年の習慣化研究所での蓄積・研ぎ澄ましがものすごく、私個人としての知見は完全に凌駕されています……。
継続で一番重要なのは「ラポール形成」
習慣化研究所では、十分に1冊の本になる分量の知見が蓄積されているのですが、今回は、その中でも最も重要と思われるものをご紹介しましょう。
みなさん、「ある人」が「継続」するかどうか、どのタイミングが分水嶺だと思いますか?
習慣化研究所のデータで見ると「2週間」です。初期的な習慣形成として重要な期間は1ヵ月なのですが、大局が決まってくるのは最初の2週間。さらに言うと、「スタート1週間」で概ねの傾向が分かります。
行動継続や習慣形成というキーワードで考えたときに、「最初」が最もインパクトが大きいポイントになるということです。「三日坊主」というコトバがありますが、まず三日続けるだけで、「習慣化」への大きなインパクトになると言えるのです。
さらに研究を進めるなかで、実は、スタート前の段階で、その人が「継続」するかどうかも、分かるようになってきました。
その「継続」の要素はいくつかあることが判明していますが、なかでも私が最も重要と考えているのが、「他の人とのつながり」です。
結論から言いますと、何かを一人だけでやる場合は、20%ほどしか続きません。一方で、周囲に支えがある場合は、70~80%が続きます。これは、我々のようなサポーターが伴走するだけに限った話しではなく、たとえば、5人1組のチームで取り組んだり、共に学ぶ仲間が2人で励まし合ったりでも効果が上がります。一人でやらない。支えと共にやる。これが最も重要な「継続」の要因だったのです。
私の原体験として、社会人を対象にした中国語のeラーニング事業の経験があるのですが、そのときも、一人だけの学習だと20%しか継続せず、80%が離脱していたという数値が出ていました。この経験と習慣化研究所に蓄積されたデータは概ね合致しており、大いに興奮し納得したところでした。
こうしたデータ統計から、習慣化研究所では、「ラポール形成」という概念を大切なポイントに据えるようになりました。
「ラポール」とは心理学用語で、フランス語で「橋を架ける」という意味を持ちます。話し手と聴き手の間に築かれる信頼関係や、調和した関係を意味します。
習慣化研究所が分析した過去4万人の統計データによると、「自分の目標を知っている人、応援してくれている人」との社会的な交流、つまりラポールの「あり」「なし」が継続の決定因子になっていたのです。
人間は社会的な生き物であり、一人ではなかなか続けられませんが、社会的関係性の中に、継続する行動が埋め込まれると続けることができる、というわけです。
具体的には、何かをやる際に孤独にやるのではなく、一人だけでも応援者に声がけをしてもらう構図を作ります。大切なのは、「自分+応援者」で成り立つ「私たち」という関係性です。チャットコメントなどでも十分で、コメントのラリーが2週間以内に2往復あると、それだけで、70%以上の人が3ヵ月行動を続けられるという統計が出ています。
また、コメントの内容に、「自分はこういうことが好きです/こういう趣味です」といった、双方の自己開示が含まれているとさらに効果的です。とてもシンプルな「自己紹介」。「自分のことを話し」「相手について知る」。たったこれだけのことが、大変大きな差分を生んでいることが分かっています。
単に応援者を付けただけで、コミュニケーションが発生しない場合は効果が薄いのですが、それでも2往復の会話ラリーが発生すると効果が上がります。
「ありがとう」が継続の確率を上げる
別の例を紹介しましょう。70代、80代の高齢者の運動習慣形成の事例です。スタート2週間以内に、当社のスタッフと2回以上の会話がLINE上でなされていたら、73%の方が行動を継続し、62%の方が体重3%減少を達成しました。
年齢が高めの方であっても、LINEでつながり、コメントの送り方、受取り方の簡単なセッションを経験すれば、十分にコミュニケーションができる(=つまりLINE上で会話ができる)ことが分かってきました。
さらに習慣化研究所では、チャット上で織りなされる会話(チャットラリー)の分析も行っています。その中で、興味深いキーワードも浮かび上がってきました。それが「ありがとう」という感謝の言葉です。
「ありがとう」という言葉が双方でやりとりされている場合は、継続する確率が最も高くなります。実際ところ、「ありがとう」がコメント上で見られる時に、その行為からの離脱が出ることは基本的にはありません。
「ありがとう」は、温かくポジティブな心の動きの表出であり、この言葉が出る前提としては、以下1)、2)が実現されている状況と言えます。
1)自分を支えてくれる他者が存在していると知っている
2)他者は、自分の継続を我がことのように喜び、支援、応援してくれている。そこへの感謝の気持ちが生じている
乱暴に言ってしまうと、共に取り組む人に「ありがとう」と言えるようならば、継続は実現されていくのです。
ラポール形成は複数名が効果的
最後に、「ラポール形成」は1対1のみのものではありません。「ラポール形成」の線が複数であれば、それだけ習慣形成の構造は強くなります。一人とのラポール形成よりも、複数名が効果的なのです。
私たちが提供してきた習慣化サポートの例では、1人に対して1名のサポーターが付くモデルでの習慣形成率は平均70%ですが、少人数のチームを組んでいる場合は80%を超えています。
なお、複数名でラポールを形成していく場合、マジックナンバーは5名です。会社などの組織を見ても分かるのですが、少人数のチームだと参加者が積極的に発話するようになります。1人だと孤独ですが、10名以上だと集団に埋没して発話しない傾向があるのです。その意味で、5名というのは、参加者の発話総量が最もバランス良く、構成員全員が発話しやすい配分となります。
以上、本稿では、習慣化研究所の発見の一部をご紹介してきました。習慣形成の研究は奥深く、日々新しい発見があり、私自身も日々学んでいます。今後も、今を生きる皆様の日常に寄り添いながら、さらに習慣形成理論を磨き上げていく所存です。
次回は、習慣化事業を行うなかで明らかになってきた、「離脱」と「継続」の12大因子をご紹介しましょう。