北川フラム氏OGP

アートディレクターとして東京都・立川基地跡再開発のアートプロジェクト「ファーレ立川」など数々のアートプロジェクトを手がけ、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」などの芸術祭の総合ディレクターとしても知られる北川フラム氏。なぜあえて「不便な場所」で芸術祭を行うのか? 海外から多くの人が訪問する理由は? 地域や行政を動かすには? 予算規模は? その答えから、日本が抱える根源的な課題が浮き彫りになると同時に、日本独自の風土や魅力、可能性も見えてきました。また、ウクライナとロシアの戦争の影響や、2024年1月に発生した能登半島地震と奥能登国際芸術祭の関係などについてもお聞きしました。(聞き手/探究集団KUMAGUSU、文・構成/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光)

「自然に対応する」のではなく
「自然の中でどう対応していくか」

――新潟県の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」や、岡山県と香川県の両県にまたがる「瀬戸内国際芸術祭」、千葉県の「内房総アートフェス」、長野県の「北アルプス国際芸術祭」、石川県の「奥能登国際芸術祭」、そして今年新たに開催している岐阜県の「南飛騨Art Discovery」など、なぜあえて「不便な場所」で芸術祭を行うのでしょうか。

「芸術祭」という形では、最初に手がけたのが、今、おっしゃった「大地の芸術祭」です。正式名称ではありませんが今では「越後妻有(えちごつまり)」と呼ばれる、新潟県の過疎化が進んでいたエリアで行われています。

 これは、1996年に十日町(とおかまち)、川西町、中里村、津南町(つなんまち)、松代町、松之山町が平成の大合併をするので合併施策の一環として何かやりたいと新潟県から依頼がありました。(結果的に津南町は合併せず)。

 初めは国の指導による合併を前提に、新潟県が「それぞれがやわらかな合同事業をやることによって、円満な合併になだらかに移行する」というもくろみのもとに、アートを媒介にネックレスのように6町村をつなぐという枠組みとして始まったのです。その土地のマイナス(過疎や交通の不便、過酷な気候など)をプラスの資源に変える、そのためにアートを活用するということです。

 ただ、それぞれの地域でバラバラにやっても仕方ないので、エリア全体でテーマを決めてやろうということになりました。そして最終的に「3年に1度、エリア全体で芸術祭をやっていくのがいいのでは」という計画を立てたのです。プロジェクトの成果は短期的には決して測れない。でも3年に1回の短期的な評価にはギリギリ応えようと。

北川フラム氏北川フラム
アートディレクター。「フラム」は本名でありノルウェー語で「前進」の意。1946年生まれ、新潟県高田市(現上越市)出身。東京芸術大学美術学部卒業後、国内外で多数の美術展、企画展、芸術祭をプロデュースしている。北川氏の活動のひとつにアートをきっかけにした地域づくりの実践「芸術祭」があり、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」「北アルプス国際芸術祭」「内房総アートフェス」「奥能登国際芸術祭」「南飛騨Art Discovery」などの総合ディレクターを務めている。芸術選奨、紫綬褒章受章など国内外で多数の章を受ける。

 大地の芸術祭の初回は1999年開催予定でしたが、いろいろあって2000年に開催しました。今年(2024年)で9回目の開催です。

 これらのエリアは豪雪地帯です。真冬に家族の誰かが病気になったりしたら大変です。雪をかき分けて町の医者へ連れていかなければなりません。皆、このように昔からすごく苦労して生活している。

 人が生きるということは、それぞれの土地に合わせた、それぞれの生き方があります。土地がベースになっています。

 現代は何でも「効率化」です。目先の効率ばかり追い求めている。こうした現代の価値観の中で、もともとあった「土地」という生き方のベースが捨てられていく。

 約3000年前、ユーラシア大陸の一部と一部が太平洋に出てきて、大陸から離れ、それらがくっつく。こうした大地殻変動によって、ほぼ中央部が折れ曲がり、東北と西南を分断する巨大な陥没地帯、フォッサマグナができ、逆「くの字」型の日本列島が誕生しました。そして日本海も生まれた。十日町などはこのフォッサマグナ上に位置します。

 大陸から季節風が吹き込み、列島の脊椎にぶつかるため、夏は雨が多く、冬は豪雪になる。植生(※植物の集団)ができ、動物がやって来て、人が住み始めた。

 このように人間というのは自然と深く関わっていて、自然の中でどう生きるかしかないと思っています。「自然との共生」なんておこがましい。人間は自然の一部なのですから。「自然に対応する」のではなく「自然の中でどう対応していくか」なんです。今は季節風が少しずつ上へ移動してきていて、諸説ありますが、石川県の能登半島に豪雨を降らしたり、関東に大型の台風が来たりすると、養老渓谷に風が吹き込んで大きな災害が起こる。地震だってそうですね。私たちは、地殻、地盤、気候の中で生きているんです。

「アート」というのは、正しくは「自然と人間との関わり合い」の手を通した技術のこと。これを明治維新の時に「美術」と訳したのは大間違いです。「美」なんて言葉をいれたものだから、大切なことが抜け落ちてしまった。

 ですから私たちは、大地の芸術祭の1回目から、「人間は自然に内包される」を基本理念としてやってきています。作品もあえていろいろなエリアに離散して置いています。それが重要だと思っているからです。それに、新しい体験ができるものにしたい。良くも悪くもその土地特有の風土や制限の中で、アーティストはそれができるんです。