映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』の日本公開が始まり、話題となっている。ジャマイカとの歴史的・文化的なつながりがほとんどないにもかかわらず、日本は「アジアにおけるレゲエ大国」といわれるほどレゲエの人気が高い国でもある。一方で本作は、日本に住む我々には理解が難しい描写も多い。そのため、ジャマイカの歴史と政治、ラスタファリズムの思想、ボブ・マーリーの人間関係など、映画鑑賞前に押さえておきたいポイントを9つに絞って解説する。ネタバレはないが、前知識なしで鑑賞したい人は、鑑賞後に読んでみてほしい。(ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光)
ポイント(1)ジャマイカの歴史
スペイン支配下で先住民が絶滅
南米大陸の北に位置するカリブ海諸島。ジャマイカはそのひとつだ。北はキューバが、東はハイチやドミニカ共和国がある。
ジャマイカは豊かな自然に囲まれた小さな島国で、もともと、南米からカヌーで渡ってきたとされるインディアン、タイノ族やカリブ族が住んでいた。「ジャマイカ」という国名は、先住民の言葉で「泉の地」を意味する「ザイマカ」が由来するという。これがスペイン、イギリスと統治国が変わるうちに、「ハマイカ」→「ジャメイカ」と呼び名が変遷し、現在の国名である「ジャマイカ」となった。
ジャマイカには、現在のジャマイカ人の前に先住民が住んでいた。1492年にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸(正確にはカリブ諸島)を「発見」、そして1494年の第2回航海においてジャマイカ島へ上陸。1509年、ジャマイカをスペイン領とし、この地にサトウキビ畑をつくって、先住民を奴隷として働かせた。
その過酷さや、スポーツとうたった拷問など、非人道的な仕打ちに耐えきれずに自殺する先住民も続出した。酷使や虐殺、自殺、持ち込まれた疫病などによって先住民が絶滅すると、スペインは西アフリカから黒人奴隷を「輸入」し、新たな労働力を確保する。現在のジャマイカの黒人の祖先たちだ。
1655年、イギリスがジャマイカへ侵攻すると、スペインは少し戦った後、あっさりとジャマイカを手放してしまった。1670年、マドリード条約により、ジャマイカは「正式」にイギリス領となる。
イギリスは、港町のポート・ロイヤルをジャマイカの首都とした。ポート・ロイヤルはヨーロッパの大貿易港と並ぶほど栄えるが、一方で、海賊たちの本拠でもあった(ちなみに、ディズニー映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの第1作『呪われた海賊たち』の物語は、ポート・ロイヤルから始まっている)。
1692年、ジャマイカ大地震が発生し、街の大半が海に沈んでしまう。そのため、その北に位置するキングストンを首都とした。現在のジャマイカの首都だ。