当行でも、当人の戸籍謄本提出を最低限に簡略化できるケースはある。しかしこの事例では困難だった。亡くなった当人と相続を受ける人との関係を証明できるものがなければ、犯罪やトラブルを回避できないからである。

戸籍謄本が欲しいなら
あんたらが頭下げんじゃないの?

「生前、お父様は当店で貸金庫のお取り引きをいただいておりまして、ご本人以外の方の請求で開扉する場合は、相互の関係を証明するものが必要なのです」

「知らねーよ、そんなの。親父とおたくの銀行の話でしょ?俺は忙しいの。あんたらみたいに暇じゃねーんだよ!」

 戸籍謄本を集めるのは簡単なことではない。今でこそ、一部の市区町村では他自治体の戸籍課とオンラインで繋がっているが、そうでない場合は各市区町村の役所・役場と郵便でやり取りするなど、時間も費用もかかることを認識している。

「大体さ、要らないんだよ。親父が残した金なんかアテにしてないんだよな。だけどさ、このままにしとけば、あんたらの利益になるんだろ?それもシャクなんだよな」

 正直に言えば、誰が困る話でもなく、この男性がいつまでも遺産を受け取れないだけのことだ。ただ、銀行としてはいつまでも相続手続きが処理されないまま放置されると、行内の管理上煩わしいのも本音ではある。

「戸籍謄本が欲しいなら、まずあんたらが『お願いします』って頭下げんじゃないの?」

 預金してやってるんだからお客の言うこと聞いて当たり前だろ、と言わんばかりの態度を取られるとやはりつらいものだ。こういうお客を相手にするのは日常茶飯事であり、ストレスが溜まっていく。

 その男性は、1カ月かけて父親の戸籍謄本をかき集めてきた。多くの人が、本籍の変更や結婚などで新しい戸籍を作ることが多い。この父親の場合、出生から死亡まで3通の戸籍謄本を揃える必要があったのだ。

 彼は2度にわたり来店。書類の不備を指摘すると私たちを怒鳴りつけ、ロビー担当者たちもすっかり怯えるようになっていた。全てが揃った時は「この男性と会うのも最後だ」と、喜びを通り越して感慨深いものがあったほどだ。